作品紹介

選者の歌
(令和4年1月号) 


  東 京 雁部 貞夫

道玄坂茂吉ゆかりの「花菱」に鰻食みたり君のおごりぞ 野村弘子氏を
並みの男は並みの鰻がふさはしと思へど君は大串たのむ


  東 京 實藤 恒子

台風の雲が覆ひて富士山を波のごとくに洗ふ映像
太陽を真裏にすれば笠雲は七色に輝く富士のオーロラ


  四日市 大井 力

百の診療所よりも一本の水路とぞ自ら重機をあやつりし医師
ヒンドゥクシュの雪解け水に托しにき荒野の飢餓より人救ふべく


  小 山 星野 清

友の開くパーティーに来賓の高市氏香水の強き香をまとひゐし
辟易せし強き香水の蘇るテレビに映る高市候補に


  柏 今野 英山

山ゆかず茸もとらず酒飲まず遊びをせんとわれ生まれしに
マクファーデンの二の腕を見よ微笑みつつ Ya・masaわたしにはできると車輪を回す


  横 浜 大窪 和子

男女不平等を肯ふと黒きブルカ着てデモするをみならにかなしみの湧く
海に沿ひ吹く風のみち幾すぢか運びくる香に金木犀まじる


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

オンラインに慣れつつ寂し語らひを終へたる人はすつと消えゆく
オンライン講習終へて仰ぎ見る澄む秋空は 仮想バーチャルにあらず


  生 駒 小松 昶

迫り来る黒きくわいより逃れむとハイベッドの棚越え二メートル落ちぬ
大腿骨に打ち込むチタンは無影灯の光集めて不意にまばゆ


  東 京 清野 八枝

塾帰りに青鷺見るも今日が最後と橋に並びて少女の言ひき
音立ててミズナラの葉の風に散る奥社への参道木洩れ日のなか


  西東京 中村 眞人

河川敷に小屋掛け野宿の労務者ら京浜の街をかつて築きぬ
わが歌稿赤のインクの細かなる吉村先生添削の文字


  島 田 八木 康子

二つ先の駅名聞こえ顔を上ぐ乗り過ごすまで読みふけるとは
遠き日の記憶の蓋が不意にずれ穏やかならずこの二、三日


  小 山 金野 久子(アシスタント)

家籠る憂さ飛ばさむと今日は来ぬローカル線の小さき旅に
トルストイの『文読む月日』この日ごろ一日一章読みて安らぐ



先人の歌

                      宮地伸一
スターリングラード保てるままに冬越すかこの国境も既に雪積む
タラの芽を求め求めゆく山の中小さき芽すらもましめ給ふ
ワイシャツの白きか否かも調ぶとぞ「清潔感」といふ項目あり
子らのためナイフあたためパンを切る怠り過ぎしひと日の夕べに
しみじみと父逝きし後に思ふことその筆跡をひとたびも見ず
青葉の坂ひとり歩めり妻病めばこの世に楽しきものなくなりぬ
日本語のいよよ崩れむとする時に日本語守りしアララギは死す

 雁部貞夫『宮地伸一の秀歌』(現代短歌社)の「宮地伸一の秀歌百首選」より。その秀歌の鑑賞を深める助けとなる本文より、ここでは一首目に関連する文章を引いておく。

 右の諸作、中国大陸に於ける生々しい戦闘の場面を歌った出征兵士たちの作品集『支那事変歌集』(昭十五刊)に収められた歌とは異なる印象を受けるのは、宮地作品には終戦に至る迄、直接の戦闘場面に遭遇することがなかったため、却って作品の叙情性の純度が高くなったためである。


バックナンバー