作品紹介

選者の歌
(令和4年4月号) 


  東 京 雁部 貞夫

時間ふたぎに入りしシネマの「梅切らぬバカ」男の一途が吾を泣かせる
隣り町の茶室にこもり三時間選歌の山の半ばに達す


  東 京 實藤 恒子

妹と弟二人この姉を一人残して逝きてしまひぬ
一抱への深きくれなゐのシクラメン汝らみたりを偲ばむがため


  四日市 大井 力

心臓の血管腕より移されて蘇生後はじめし連用日記
五年連用日記五冊目欲ふかく綴りはじむる八十なかば


  小 山 星野 清

赤白の派手なニットのスキー帽かむりて風の中をゴミ出しに行く
寒風の吹けば山には雪降るとよろこびゐたる若き日ありき


  柏 今野 英山

保津川を下る小舟に船頭三人こゑ掛けあふを遥か見下ろす
王仁三郎の陶器の彩り自在にてあらがひ続けし一世をうつす


  横 浜 大窪 和子

同期会開けず過ぎゆく年々に訃報届けば思ふそのひと
会社閉ぢ三年経たり手放ししことの大きさ今にし思ふ


  札 幌 阿知良 光治

茨戸川石狩川へとそそぎゆく降る雪集めて豊かな流れ
除雪車の音に目覚めて窓に見る回転灯の灯りの点滅


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

管理職昇進は遠慮しておかむ長からぬ命縮めたくはなし
この町に住みて四年目軒下に「班長」の札を置くべくなりぬ


  生 駒 小松 昶

冬の日に包まれヘンデル弾くときに音符の上を鳥の影ゆく
炭酸ガスを減らし地球を守らむに世界の石炭使用量増ゆ


  東 京 清野 八枝

大震災の夜の校舎に生徒らを守りたるのち君は倒れき
麻痺せし身をリハビリに励み来し君よ色やさしき花の中に眠れり


  島 田 八木 康子

お三時と砂糖一匙手の窪にそつと盛られし幼き記憶
雑誌レシピの揚げシュークリームを小学生われの作るを目守まもりき母は


  小 山 金野 久子(アシスタント)

吹きつのる風に香焚くを諦めしわれに鴉の甲高き声
万両の朱きつぶら実この冬も雪にきはだちわれを慰む



先人の歌

吉村睦人の歌

・日刊新聞「婦人タイムス」に失敗し多額の借金抱へゐしわが生まれし頃の父母
・父の使ひに毎日のごとく活字買ひに神田須田町に来しひとときのあり
・お飯事ままごとの大好きなりし幼なりしが今日はシチューをあたためよそふ
・草むらに拾ひ来たりし花梨いくつ虫のつきしがもつとも匂ふ
・海老根蘭に花芽のはやも出でてをり斑雪の残る広き葉のかげ
・ベランダの小さき鉢に何草か萌え出づる春になりにけるかも

 新アララギの代表でもあられた吉村睦人先生には「 吹雪く尾根」「動向」「夕暮の運河」「鉄鉛集」「蝋梅の花 」と、計五冊の歌集があります。
 2019年(令和元年)12月4日ご逝去、享年八十九でした。


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