作品紹介

選者の歌
(令和4年7月号) 


  東 京 雁部 貞夫

カステル4Bもてあそびつつ歌数首おもひ煩ふときが至福か 
やみくもに本を蒐めし六十年今となりては空しきに似て


  東 京 實藤 恒子

光る魚を呑み込みのみこむ翡翠の胃の腑を思ひ立ち去り難し
翡翠の飛び込む二十幾回か根負けをして去り行かむとす


  四日市 大井 力

坂下りて来たるところの常夜灯日露役戦死者の名前を刻む
百余年過ぎてたちまち風化して読めず戦死者五十余名の名が


  小 山 星野 清

東京が斯く近きとは知らざりきいくたびか見えし大空襲に
B29より機銃掃射を受けたなど埒もなきことをまたも聞くかな


  柏 今野 英山

ミサイルの狙ふは大階段のベビーカー港町オデーサにまた繰りかへす 映画「戦艦ポチョムキン」
桜ばな舞ひちる命を美しと言ひてあまたの若者死なしき


  横 浜 大窪 和子

かくほどに己欺けるものなるかロシア大使のあからさまなる虚言
プーチン支持率八十三パーセントといふ怖さ圧制の下の苦難の嵩か


  札 幌 阿知良 光治

吾が庭に蕗の薹萌え黄緑の鮮やかなるを二株摘みぬ
大雪に倒れしままの葡萄棚息子を頼み立て直しゆく


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

リー・リトナーのギターにも心浮き立たず負の感情のへばりつきゐて
白山は古代桜いにしへざくらの上に見えて花の如しも春の夕べを


  小 山 金野 久子

わが背丈疾うに超えたる少年の十五の心思ひて見上ぐ
ひつそりと村田利明詠みゐたり戦後日本の貧しさのなか


  生 駒 小松 昶

ゼレンスキー大統領は画面いつぱい無能な国連を厳しく詰る
ウクライナ侵略が耳目を引く隙に北朝鮮は核ミサイルの完成急ぐ


  東 京 清野 八枝

機能せぬ国連に代はる組織をとゼレンスキー大統領の血を吐く叫び
花わさび刻み塩して一夜置きすがしき辛味立ちくるを待つ


  島 田 八木 康子

山奥のわが菩提寺の東庭占めてソーラーパネル一面
筋肉の維持に拭き掃除をと言ふ医師と「古いね今はモップ」の老いと



先人の歌

                     佐藤 嘉一
第九条守りつつミサイルを防ぐこと吾は吾なりに考へてみる
                      平21.10
第九条今年も誤たず暗誦しぬ憲法記念日のけふ朝の日に向きて
                      平25.8
声高く暗誦をして第九条守りたき意思の表明とする
                      平26.8
焼夷弾に一瞬に燃えしか理科室にあまた並べゐし蝶の標本も
                      平26.10
抱かれし子も母と共に黒こげになりて路上にころがる写真
                      平27.6
十万人の都民を一夜に焼き殺ししアメリカの戦略に今も怒り湧く
                      同
グラマンの機銃掃射に焼けしトタンかむりて耐へき先生と共に
                      平27.11
戦死せし叔父あり爆死せし友あれば憲法の改正させてはならぬ
                      平28.9
校庭に居りし子供が米軍機に撃たれて死にしを伝へ聞きたりき
                      平29.10
空襲に焼けし校舎の跡に播きしそばの生ひしを友と喜びき
                      同
藷を蒸せば近所に配りゐし交はりも戦争により絶えてしまひぬ
                      平30.4
サイパン島陥りし頃に『君たちはどう生きるか』を吾読みたりき
                      同
学級写真に写れるなかの三人は学徒動員にて爆死したりき
                      平30.8
爆死せし友の母親は気の狂れて戦後の街をさ迷ひゐしとぞ
                      同
甲高きはロッキード濁りし爆音はグラマンと聞き分くるまで襲撃ありき
                      令3.10

 「新アララギ」選者、「土屋文明全歌集各句索引」等の著者として貢献され、今年1月91歳で逝去された佐藤嘉一先生のこの十年間の「新アララギ」掲載歌から、先生が一貫して詠み続けてこられた憲法第九条と、戦争体験の歌をここに挙げた。ロシアによるウクライナ侵攻の状況が日々伝えられ、軍事費増強やむなしの声が強まる今こそ、心静かに読みたい歌の数々である。


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