作品紹介

選者の歌
(令和4年9月号) 


  東 京 雁部 貞夫

ある時は奈良坂越えゆき浄瑠璃寺池をへだてて阿弥陀をろがむ
年に一度歌詠む会を継ぎゆかむ万葉びとの跡慕ひつつ


  東 京 實藤 恒子

杜鵑の鳴き渡りゆく声聴きて二十二年か最終講座終ふ
一本の茶の木は白々と花のときそのやさしさに歩みをとどむ


  四日市 大井 力

大陸に道理なき戦火続けるに関はらずここに芍薬の花
花びらを閉づる力を失ひし芍薬宵に散りはじめたり


  小 山 星野 清

エリザベス王女の結婚式を見き色揺らぐ初めてのカラー映画に
バッキンガム宮殿に入りいくつかの部屋巡りしより二十九年か


  柏 今野 英山

小さき靴ところどころに転がりて親も夢中かこの図書館に こどもの本の森中之島
壁いちめん絵本の表紙ならびゐて本そのものが建築意匠


  横 浜 大窪 和子

路の端にほのぼの揺るるヒナゲシよいついづこより来たりしものか
小康得て夕餉を作りくるる汝レモン利かせし味の程よし


  札 幌 阿知良 光治

曇る車窓指に拭へば打ち寄せる波の飛沫と飛ぶ鴎二羽
靄こもる石狩湾の海を過ぎ小樽は晴れて空気のすがし


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

代掻き機の低音に乗せて甲高く鳴きて歩むよ背高鷸 せいたかしぎ
五月尽雪を脱ぎゆく白山の山肌は空の色と融け合ふ


  小 山 金野 久子

麦畑のこの道が好き頬なでる風の清しさ眩しき光
海越えてライン通話に響きくる娘の声明るし健やかならむ


  生 駒 小松 昶

ダウン症の少女つぶさにピアノ弾き舞台去りゆく笑みを湛へて
知的障害の音楽療法究めゆく友はコンサートに飛び跳ね歌ふ


  東 京 清野 八枝

ダムとなりし七ヶ宿湖か沈みたる集落に幼く父と宿りき
心奪はれ飛び交ふ蛍のなかにをりき煌きし夜のかの七ヶ宿


  島 田 八木 康子

朝出しし午後の歌会の案内状届きてをりぬ子規の頃には
木曜に出してやうやく月曜に届くか令和の郵便事情


選者の歌
(令和4年10月号) 


  東 京 雁部 貞夫

コロナ下の神の恵みの旅四日われらは目指すはるか津軽へ
麻蒸しし「浅虫」の湯に遠く来てつかれし体をゆつくりと蒸す


  東 京 實藤 恒子

田川市の神幸祭じんかう開催のテレビ映像瞬時撮りゐる亡きおとの姿
白鷺の一羽刈田に下りて来ぬ小谷氏の魂かとわが凝視せり


  四日市 大井 力

忘れかけてゐたる思ひを戻したり芭蕉が決意の出で立ちの地に
三百余年前に芭蕉も眺めしか小名木川夏の日うろくづの影


  小 山 星野 清

洗面所の朝の窓より熱風が吹き入る梅雨の早々明けて
早々に梅雨明けて乾く日の続き降り始むれば連日の雨


  柏 今野 英山

見たことのあるやうな市電走りぬけ城下町熊本レトロがにあふ
幾千の崩れし城の大き石積む日待ちたり空堀うめて


  横 浜 大窪 和子

眠れぬと時をり呟く夫の辺にわれも眠れず更けてゆく夜
安倍元首相撃たれし大和西大寺駅秋篠に近く小谷先生を偲ぶ


  札 幌 阿知良 光治

昨年の雪につぶれし紫陽花の逞しく咲く色鮮やかに
大根の茎たち白き花の咲く吾が菜園は夏真つ盛り


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

山肌に残雪が描くさまざまなライン楽しむ梅雨晴れの今朝は
先生の葬儀への途次に寄りし駅テロありし大和西大寺駅は


  小 山 金野 久子

独立を祝ふ記念日パレードに銃撃ありしとニュースの映像
銃撃時の避難訓練受けしといふハイスクール生女孫の話は


  生 駒 小松 昶

幼の手に捕らへし蛍を灯に照らし老若男女額を寄せ合ふ
麻酔機序の研究に蛍の発光を用ゐし論文いくつも読みき


  東 京 清野 八枝

三年みとせぶりの全国歌会に近畿より北陸より集ひ歌学ぶけふは
プラカード持ち声上げぬホームページより入会せし人いまわが前に


  島 田 八木 康子

明け方の早き目覚めに時として思はぬ閃き走る幾たび
ゆくりなく出会ひし一つ呟きの「短歌は心の抱き枕かも」

(ホームページは夏休みがありましたので、「作品紹介」は2か月分です。)


先人の歌

 今月はアララギの先人、土田耕平(明治28年〜昭和15年)の歌を紹介したいと思います。
  耕平は長野県上諏訪に生まれ、相次ぐ両親の病死により中学校を中途退学し、17歳で地元の小学校の教師となりました。18歳の時に諏訪の歌人、島木赤彦に師事します。21歳から27歳まで、病のため伊豆大島で療養生活を送り、その後は各地で療養し、46歳で亡くなりました。
 彼の第一歌集『青杉』は伊豆大島の自然のなかに孤独に生きた青年の清澄な世界が詠み上げられ、赤彦に絶賛されました。その幾つかを紹介いたします。

『青杉』より
・桜葉の散る日となればさはやかに海の向山見えわたるなり
・寂しさに耐へてもの焚く日ぐれ時板戸の外にしぐるる音す
・さくら散る山裾道の夕ぐれを牛曳きて来る少女子あはれ
・おしなべて光る若葉となりにけり島山かげに居啼く鶯
・たちこむる山のさ霧は深くして杉のしづくのしとしとに落つ
・目にとめて信濃とおもふ山遠し雪か積れる幽けき光


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