いま世界には悲惨なニュースが流れ、私たちの心もふさぎがちです。コロナで会えないまま亡くなった身近な方々もいらっしゃるかもしれません。今月は三宅奈緒子先生の「四季のうた」から「亡きのち」をご紹介いたします。
先生はこの歌の前年に父上を亡くし、明けて三月には夫君(アララギ選者、樋口賢治氏)が、当時の癌は告知のできないまま、74歳で亡くなりました。一年間教職を休んでの看病も及びませんでした。深い悲しみのなかに詠まれたこの静かな清らかな一連をお読みいただけたらと思います。
「亡きのち」 (「四季のうた」より)
おもかげはみな胸痛しベッドに掛けうなじ垂れゐし或るときの夫
ガウン着て雪見てゐたる面影の去らずひと日を降りしきる雪
春にならばならばと待ちて木蓮の白くかがよふ朝にあはざりき
亡き夫とただ一度観しナイターのつめたき夜気をおもふ年経て
海見ゆるこの庭歩みし父は亡くほのぼのとけふを匂ふ臘梅
ただ黙す老いたる父とこの坂を下りきはるかに海の光りき
エリカの花咲き盛りにき父母ありき過ぎてはいまは遠き平安
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