作品紹介

選者の歌
(令和5年5月号) 


  東 京 雁部 貞夫

東京人よもつとゆつくり歩けぬか男も女もぶつかつてくる
ヒマラヤの氷河の岸の琥珀玉をりをり手にすペンを休めて


  東 京 實藤 恒子

愛用し学び続け来しものを『天文年鑑』の藤井旭逝く
コロナ禍にひるまず広く深き歌を命の限りこころざしゆけ


  四日市 大井 力

人のひと日用のひと日が過ぎてゆく茜の雲のたちまち褪せて
磨きたる玻璃戸に当り気絶せし雀の蘇生手に乗せて待つ


  小 山 星野 清

聞く耳を自負せしこともありたるに独断多き総理となれり
あれほどの経験をして決めたるに今さら原発は国の要とぞ


  柏 今野 英山

腹掛けのサルボボ人形並びゐて死語となりたる子だくさんの夢
異次元の少子化対策サルボボを配ればどうかマスクのやうに


  横 浜 大窪 和子

何処の国のひとびとなるか軍事会社ワグネルの死者万越ゆるとぞ
金銭にていのちを募り戦場へ送る現代の組織おぞまし


  札 幌 阿知良 光治

降る雪に大方埋もれし枝先に林檎の冬芽ふくらみて来つ
キャタピラーの跡なまなまし家の前ブル置きゆきし雪時かけて掻く


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

貰ふのも最後とならむ義理チョコのゴディバ味はふ一粒づつを
切り分けて炙ればうまき板粕をほぐして今宵は鮭の粕汁


  生 駒 小松 昶

亡き母の愛せしマレッカ「最後だとわかつてゐたなら」の詩を読み返す
戦争と温暖化続く吾が星に生き物は年々四万種絶ゆ


  東 京 清野 八枝

古代より巨大プレートせめぎ合ふこの地に為政者の無策まざまざ
「梅いちりん......」と子らに教へて春待ちし母の誕生日如月のけふは


  広 島 水野 康幸

仏壇の傍の写真の大本さん帽子かむりてすこやかに笑む
歌会果てればいつも同じバスに乗り大本さんと語り別れき


  島 田 八木 康子

冗舌に心の内を明かし止まぬ友をただ聞く術なきままに
共に嫁なりしよしみに通じ合ふ由無し事も身に深く染む


先人の歌

小谷稔先生の歌  歌集『牛の子』  新現代歌人叢書・36より

 新アララギの選者であり、長くこのHPのアドバイザーも務めてくださった小谷先生は、いまだに本誌のみならず胸に迫るような偲ぶ歌が見受けられるほどに、私たちに強い影響力を及ぼしている精神的な拠り所だと思っています。

・時々の人の心を読む努力過ぎて思へば気弱より来つ
                  歌集「秋篠」
・父が炭を焼きたる谷はミツマタの花のあふれてこの世ともなし                  歌集「ふるさと」
・田一枚占めて立て干す茶筅竹いつまでも夕べの峡に明るし
                  歌集「朝浄め」
・アザミ枯れて白くかかぐる実の絮も今日の西日に透きとほりたり                 歌集「大和恋」
・水の上に拾ひし花を水にもどし心しばらく澄みゆくごとし
                  歌集「大和恋」
・後ろより追はるる何の思ひかも谷の藤を見る今のうつつも
                  歌集「大和恋」


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