2022年12月に続いて三宅奈緒子署『アララギ女性歌人十人』の中から引く。
久保田不二子(1886年5月〜1965年12月)
長野県下諏訪町生まれ。本名・ふじの。小学校の教師の後、1902年(明治35年)亡くなった姉の夫であった島木赤彦と結婚。三男、二女を儲ける。1911年、「アララギ」に入会。歌集に『苔桃』『庭雀』『手織衣』、遺歌集『松の家』がある。
赤彦には中原しづ子との恋愛やアララギの編集のため、諏訪の家を離れていたことがあり、苦労の多い時期ががあった。
『苔桃』から
相さかりもの思ひ居ればおのづからなみだぐまるるうらがれの空
あきらめもつかむものかとつねにこひし秋草原を遠く来にけり
時のまもわが手はなれずまつはれる子ゆゑに生けりこの心はや
山の家雪くらみふる夜おそく思ひつかれて眠りに入りたり
灯の下に青き桑葉をきざむ時胸さわぎしてありがてなくに
『庭雀』(やがて生活の落ち着いて)から
湖荒れて吹く風つよし庭の上の松にたまりし雪しづれ落つ
耳を病む幼な児もりて絵本よみこの日暮れけり外は時雨れて
羊歯生ふる古井の水を朝ゆふべ汲みつつぞきく山ほととぎす
風さむく暮るる夕べや遠近に干籾を打つ音きこえをり
『松の家』(赤彦病没後、40年近く生きて)から
霜おきし漬菜つみあげ池水に洗ひてをれば時雨降り来ぬ
いささかの望みもありて暑き日は樹の下に来て石に休らふ
わが庭の月見草の株葉の揺れて見てゐるうちにいくつも開く
八十に近き齢となりにけり障りなき身体は歌などつくる
松毬のつきたる古き大き松下に休めば泉湧きをり
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