作品紹介

選者の歌
(令和5年6月号) 


  東 京 雁部 貞夫

春の宵きみを憶ひて香をたく君にもらひし蘭麝のかをり
口径二寸高さわづかに二寸三分小さき均窯の香炉を愛す


  東 京 實藤 恒子

選びたる歌に知りたる有楽うらく椿けふ花時のえにしこの寺に
咲き満ちし有楽椿は深紅にて散りし花弁はなびら青き苔のうへ


  四日市 大井 力

藤原岳の八合目より胴乱に運ばれて福寿草五十三年目の花
一日を旅する思ひに過したり雪冠る鉢の蕾の前に


  柏 今野 英山

鮎食めば初めてまみえし義父思ふ釣りて捌きて鮎フルコース
二人なら仕事辞めると言ひし娘三人生まれてもう辞められず


  横 浜 大窪 和子

向ひ家の塀に不思議ならくがきを描きまくりしは小学生バンクシー
白墨のまあるい顔に笑みこぼれ引き寄せられて立ち止まりたり


  札 幌 阿知良 光治

娘無き己のためにと飾る雛妻に手伝ひ今年も飾る
残る雪踏みつつ林檎の剪定を始める吾に吹く春の風


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

子の二十歳を祝ひくるるのか雪山も棚引く雲も朗らかに見ゆ
「おめでたう」声を揃へて子を祝ふ妻の白髪のいたく増えたり


  奈 良 小松 昶

君の命は「縄葛つなね」総てのいのちぞと説きて他院の受診を勧む 間鍋さんの主催誌
わが採りし小さき無農薬ニンジンを愛で給ひしよりふた月の命


  東 京 清野 八枝

たくましき四頭の馬牽く「銅馬車」の発条ばねよき車輪と風通ふ窓 兵馬俑展
銅馬車に全土巡りし始皇帝の息絶え運ばれし長き道思ふ


  広 島 水野 康幸

新しき学説つぎつぎ噴出する活火山の如き父の談話なりき
学問を語る友無き寂しさを吾にぶつける晩年なりしか


  島 田 八木 康子

この冬もかにかく往くか枕頭の八重水仙の香に目覚めたり
牧之原台地を行けば雪の富士前に後ろに行きも帰りも


先人の歌

2022年12月に続いて三宅奈緒子署『アララギ女性歌人十人』の中から引く。

 久保田不二子(1886年5月〜1965年12月)

 長野県下諏訪町生まれ。本名・ふじの。小学校の教師の後、1902年(明治35年)亡くなった姉の夫であった島木赤彦と結婚。三男、二女を儲ける。1911年、「アララギ」に入会。歌集に『苔桃』『庭雀』『手織衣』、遺歌集『松の家』がある。
 赤彦には中原しづ子との恋愛やアララギの編集のため、諏訪の家を離れていたことがあり、苦労の多い時期ががあった。

 『苔桃』から
相さかりもの思ひ居ればおのづからなみだぐまるるうらがれの空
あきらめもつかむものかとつねにこひし秋草原を遠く来にけり
時のまもわが手はなれずまつはれる子ゆゑに生けりこの心はや
山の家雪くらみふる夜おそく思ひつかれて眠りに入りたり
灯の下に青き桑葉をきざむ時胸さわぎしてありがてなくに

 『庭雀』(やがて生活の落ち着いて)から
湖荒れて吹く風つよし庭の上の松にたまりし雪しづれ落つ
耳を病む幼な児もりて絵本よみこの日暮れけり外は時雨れて
羊歯生ふる古井の水を朝ゆふべ汲みつつぞきく山ほととぎす
風さむく暮るる夕べや遠近に干籾を打つ音きこえをり

 『松の家』(赤彦病没後、40年近く生きて)から
霜おきし漬菜つみあげ池水に洗ひてをれば時雨降り来ぬ
いささかの望みもありて暑き日は樹の下に来て石に休らふ
わが庭の月見草の株葉の揺れて見てゐるうちにいくつも開く
八十に近き齢となりにけり障りなき身体は歌などつくる
松毬まつかさのつきたる古き大き松下に休めば泉湧きをり


バックナンバー