いてふの葉嵐にもまれにほふ夜の窓にして一人怒をこらふ
今日も又もの言はず唯縫へる妻桐散りて明るくなりし一間に
白砂は日にあたたまる庭の隅菩提樹の実の落ちしを拾ふ
山下の泉に沈む蟹ひとつ暑き夕日に立てばしづけし
草市のほほづきぬらす暑き雨心しづめて人なかをゆく
近く居て吾は聞きにき助詞一つ苦しみ考ふる君が息づき
浅岸に寄る藻の花の白き見つここに寂しく在り経けむ君
曲りたる指に苦しむわが文字を早や幾年か君らは嫌ふ
カーライルの文字を嫌ひ職場変へしといふ植字工の話身に沁みにけり
又人を怒りつつ覚めし夜のゆめいかなる思ひ底ごもりせる
五味保義の第四歌集『一つ石』の前半(昭和25年〜29年)の作品より。
歌集「後記」にこの時期の境遇について、作者は次のように記している。
この十年間も、昭和二十年以来引きつづきアララギ刊行の事務に従ひ、アララギ発行所を自宅に置く関係上、一日もその事から離れられず(中略)旅行の歌なども、アララギの用件で地方に出向いた時のものが、その大部分を占める実情であります。
六首目は「悼斎藤茂吉先生」と題した七首中二首目、七首目は「大石田」と題した六首中四首目の作品。 ※旧字体は新字体に改めて掲載した。
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