作品紹介

選者の歌
(令和5年8月号) 


  東 京 雁部 貞夫

みちのくの春はたけなは木々の芽のふくらむ梢みどりはやさし
山川草木いまが命の萌ゆるとき最上の川べに「うるい」群れ生ふ


  東 京 實藤 恒子

盆栽の桜受くればほのかなる香りほんのり桜いろにて
小綬鶏の翡翠の声ま近くに椿の森の道めぐりゆく


  四日市 大井 力

魂といふものなどはあらざるに今日は思ふ空に会ひます人魂ふたつ
ミサイルを撃ちあふ大陸に続きゐるこの庭隅に芽吹く芍薬


  柏 今野 英山

名護湾の明るき青にはつとする去りて六年よそものとなる
崖に建つ手作りテラスにランチするスリルのありて不思議に美味い


  横 浜 大窪 和子

一つの臓器失ふ汝を待つ時の長く切なし寄る辺なくして
酸素マスク着けしまま頷く汝が姿消えざり何をなさむとしても


  札 幌 阿知良 光治

核心を衝く評ときに厳しかり学生の我ら声無く聞き居き
また一人北海道アララギの重鎮が逝きてしまへり背の荷重し


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

装飾の如く欄干に止まりつつ何を映すか白鷺の眼は
水田の歩みアンダンテ漁るはアレグロ白鷺の調べ雅に


  生 駒 小松 昶

裏の白き紙また封筒積み重ね机の脇に一メートル超ゆ
ラピスラズリの色に輝くオクラの種グラスの中に白き根出だす


  東 京 清野 八枝

ネモフィラの青き小花の揺れやまぬ丘の起伏の香のなかにゐる
裸身よぢり眼を閉ぢて面上ぐ守衛の「女」いま目交に 国立近代美術館


  広 島 水野 康幸

机上整理せざるに父の厳しくて母はひそかに片付けてくれき
父母のいさかひに父の味方して母をひとりにさせて過ぎにき


  島 田 八木 康子

若葉の山に黄に色あせし竹林たけのこあまた供したる跡
わが内の邪気に惑へるこの日頃かういふことか老いるといふは


先人の歌

 アララギ全国歌会が東京の清澄庭園で開かれた。百三十年ほど前、今の錦糸町駅前に牛飼業を営んでいた伊藤左千夫に会いたくて、歌会前日に普門院の墓参りをし、駅前ホテルに泊まった。小・中学校の四、五年間、駅と清澄庭園との中間に暮らしていた私は懐かしさに、歌会当日はホテルから寄り道をしながら歩いて会場に出向いた。小学校は健在だったが、私の家は跡形もなく何かの社屋になり、友の家のインターホンには反応がなかった。今回は、子規の写生を受け継いだ左千夫の歌を味わってください。(M33は明治33年発表の意)

 牛飼が歌咏む時に世の中のあらたしき歌大いに起る (M33)
 池水は濁りににごり藤浪の影もうつらず雨ふりしきる (M34)
 米洗ふ白きにごりは咲きたれし秋海棠の下流れ過ぐ (M37)
 竪川に牛飼ふ家や楓萌え木蓮花咲き児牛遊べり   (M40)
 九十九里の磯のたひらはあめつちの四方の寄合に雲たむろせり (M40)
 風さやぐえんじゆの空を打仰ぎ限りなき星の齢をぞおもふ (M41)
 ゆく雲の雲間の星のまたたきをまたず消えゆく現身うつそみの世や (M41)
 吾妹子わぎもこが嘆き明かして腫面はれおもに俯伏し居れば生けりともなし(M41)
 人の住む国辺を出でて白波が大地ふた分けしはてに来にけり (注、九十九里)(M42)
 雨雲の覆へる下のくが広ろら海広ろらなるきしに立つ吾れは
 高山もひく山もなき地の果ては見る目の前にあめし垂れたり
 幼げに声あどけなき鶯をうらなつかしみおりたちて聞く
 信濃には八十やその高山ありと云へどの神山の蓼科我れは
 淋しさの極みに堪て天地あめつちに寄する命をつくづくと思ふ
 数へ年の三つにありしを飯のむしろ身を片よせて姉にゆずりき (注、娘が池で水死)
 わざはひの池はうづめて無しと云へど浮き藻のみだれ目を去らずあり(注、一周忌)(M43)
 闇ながら夜はふけにつつ水の上にたすけ呼ぶこゑ牛叫ぶこゑ (注、水害)
 おく山に未だ残れる一むらの梓の紅葉もみぢ雲に匂へり
 ひとり居のものこほしきに寒きくもり低く垂れ来て我家つつめり (M44)
 かぎりなく哀しきこころ黙し居て息たぎつかもゆるる黒髪 (M45・T1)
 おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く
 今朝のあさの露ひやびやと秋草や総べてかそけき寂滅ほろびの光
 おとろへし蠅の一つが力なく障子に這ひて日は静なり (T2)
 いとけなき児等の睦びや自が父のまずしきも知らず声楽しかり
 世にあらん生きのたづきのひまをもとめ雨の青葉に一と日こもれり


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