作品紹介

選者の歌
(令和5年10月号) 


  東 京 雁部 貞夫

蕉翁も煙草好みし人と知るしらしら明けのこの深川に
家康の始めて拓きし小名木川水濁れども大き掘り割り


  東 京 實藤 恒子

図書館に勤め夜学にわが通ひ司書の資格を取りたることも
戴きし海芋六本咲き揃ひアンスリュームの深紅と競ふ


  四日市 大井 力

いとま乞ひのつもりで出でし夏季歌会皆あたたかく声掛けくるる
過ぎてゆくひと生の果ての今のいま青田を移る風を見て立つ


  小山 星野 清

道端に土手にソラマメの種を撒きよく食ひき疎開したるわが家は
飯の代はりに食ひたる中にソラマメと里芋はわが飽かざりしもの


  柏 今野 英山

バラ園に立ちて愛しむフランスの居留地波止場にてありしその世を
わが祖母は「船の楽士」を聞きたるか大正初めのアメリカ航路に


  横 浜 大窪 和子

枕辺に明かり引き寄せひたすらに文庫本読む長く病む子は
いつまでも眠り続くる汝のへに一切れの桃を口に寄せゆく


  札 幌 阿知良 光治

雨の音聞きつつ昼の蕎麦ゆでる妻の背いたく細くなりたり
朝採りの胡瓜を刻み酢にて食ふ単純な一日の始まりとして


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

ハラハラしワクワクしつつ子どもらと遊ぶよ最後と決めし職場に
「Father’s Day」と記す台紙に子が貼りて咲かせくれしか吾がための薔薇



  生 駒 小松 昶

宅地造成に数多の藪の刈られゐて忘れゐし薫り風になびける
一つおきに空きゐる席に時かけてひとつに座る肩をすぼめて


  東 京 清野 八枝

憧れの先輩なりき「新アララギ」に突然浮かびし君の面影 結城恭子さん
君詠みし野菜畑にアイリスの花群咲けり屋敷林のかたへに


  広 島 水野 康幸

公園の木陰のベンチに老人ひとり「新アララギ」を開き読みゐる
帰郷して空襲後の焼け野原に立ちし時父の胸には何浮かびしか


  島 田 八木 康子

豪雨の中一夜の避難を求め来し川向うの一家と迎えし朝日
軍事費は国家予算の九割と敗戦前年の日本を聞く


先人の歌

 今回は「新アララギ」の初代の代表であった宮地伸一先生(1920―2011)の『宮地伸一全歌集』から昭和22年の「水害十二首」をご紹介いたします。
 セレベス島で終戦を迎え、原爆や空襲で壊滅状態となった日本に帰還した宮地先生が、27歳で葛飾区の中学校の教師となった昭和22年の水害を詠んだ作品です。
 今でも国内外で台風やハリケーンの大雨による洪水の甚大な被害が報じられていますが、戦後の東京の下町は、梅雨や台風の大雨により、毎年のように荒川、江戸川などが氾濫していました。強力な治水対策の進んだ現在でも、これらの江東五区では河川氾濫時の浸水の危険が警告されています。
 テレビも電話も縁のなかった下町の洪水のさまが写実的に描かれ、被災の渦中にあった作者の眼差しのなかに人間的な温もりの感じられる忘れがたい一連です。

   「水害十二首」昭和22年
ささやかに歩道のうへを流れそめし水を掬ひつ楽しきがごと
床のうへ越えたる水にわづかなる書物を天井裏に置きかふ
筏よりあがり来りて夜おそくクレゾール水に足をひたしつ
海水が逆流せむといふうはさ暗き窓より窓へ伝ふる
朝よりオルガン鳴らす音きこゆ水に沈みしある家の二階
電線をたぐりつつ行く手もとよりばった飛び立つ筏へ水へ
入口のクレゾールに足を並べひたすワイル氏病をいましめ合ひて
二階より出入りをする幾日か土を踏まざる足たゆくして
蒲団敷きて屋根に暮らせる幾家族夕べ乏しき煙を上ぐる
半ばあまり沈みし我が家を見さくるが日課の如し心呆けつつ
水の上は夜となりつつ家燃ゆる炎しづけし立石町か
汚れたる身を横たへて食乏しき明暮れただに減水を待つ


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