作品紹介

選者の歌
(令和6年5月号) 


  東 京 雁部 貞夫

王の世継ぎ定まらば皇子みこら消されゆく漢も明日香の御代もおぞまし
バッキャヤロウ天に向ひて声放つ理不尽な奴に出会ひし夕べ


  東 京 實藤 恒子

あしたより降り頻る雨ひねもすに寒さいやます立春の今日
八幡宮の宮司の一人娘にて小説を書かむ強き意志もつ


  四日市 大井 力

生涯にふたたび人の血を貰ひ癒えたる恩をしみじみ思ふ
鈴鹿嶺を越えゆく雲が空高く黄色わうじきのひかり含みて過ぎぬ


  柏 今野 英山

冬ざれの空に咲きみつる寒桜かなはぬ願ひつぶやいてみる
千枚田の景をまるごと取り入れて離宮の庭は今に保てる


  横 浜 大窪 和子

起き抜けに激しき揺れに襲はれぬ東京湾震源震度4のニュース
キッチンに掛けゐし時計午前九時テーブルに落つ電池外れて


  札 幌 阿知良 光治

満面の笑みの写し絵を遺影にと妻言ひてゐしそれの一枚
雪解けの雫の音にまどろめば笑顔の妻の夢に出でくる


  神 戸 谷  夏井

うな傾す白き小花を雪の小鈴と言ひ給ひし文明先生慕はし
宵の内に夫のくれたる葛根湯効き始むらし喉の腫れ引く


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

大地震の二時間前に投函せし吾が年賀状も届きたりしか
吾が存在無きこの家を街を思ふ明け方の夢の続きの如く


  生 駒 小松 昶

人減りて閉ぢむとしたる歌会なり吾が呼びかけに人ら集へり
小学校の友の表札確かめて呼び鈴押すに反応のなし


  東 京 清野 八枝

骨折の松葉杖つきし我を助け食器洗ひ来し夫の十二年
桜咲く景を想ひて鳥居坂に「植治」の庭を夫と眺めぬ


  島 田 八木 康子

槙垣より抜き出で輝くなつめの実小さき林檎かと見し幼き日
本ばかり読んでる人はだめよねと呟かれしがまた蘇る


  広 島 水野 康幸

灌木林のかげに黄金のひかり落とし月は夜更けのみづうみ照らす
あたりの音なべて消し去り渓谷は耳を聾して流れつつあり


先人の歌

 「宮脇武夫全歌集」から

 *宮脇武夫は明治36年(1903年)千葉県生まれ。19歳東京商科大学専門部に入学、22歳で上記大学を卒業、守屋商会に入社、横浜小学校夜学部嘱託で英語、簿記,商事要項を教授。24歳両目失明して退職。翌年にアララギの会員となり昭和13年(1938年)36歳で死去するまで歌を詠んだ。

 *歌集には斎藤茂吉が序歌を三首寄せている。(昭和13年秋 斎藤茂吉)

・盲ひたる君なりしかばわがこゑをなつかしといひて近く居りにき
・くれないのはちすの花も目にわかずあり経たりけむ遺歌のこしうたあはれ
・朝よひに君が起居たちゐのおもかげの永久にのこりてかなしきろかも

 *佐藤佐太郎によれば、時々彼の家で歌会が開かれたが、その中で「彼の批評は論理的で細かく、言葉の味わいを重んぜられた。自説を堅く固持して譲らない所がありこれは頑固というより、熱心と自信を思わせた。また座中誰よりも雄弁であった。」と言う。

晩秋おそあきの光あまねき櫟山馬子より先に馬のぼり来る
今行きし寒紅売りの袋路を帰り来るらしだみ声にして
下駄のあとしるくつきたる泥干潟夕さし潮にかくるる早し
きび畑遠く続けりたたなはる雲をつらぬき稲光いなびかりすも
きぞの夜と位置はかはりて窓下に今宵は来鳴く閻魔蟋蟀
つひにつひにわが眼は暗し事ごとにもどかしけれど生きねばならず
つぎつぎに友がめとると聞きぬれど心なげかふ時たちにけり
夕つのる北風の音のしたしさを知りそめにけり訪ふひとなしに
今日もまた晴れにけらしも青空をこの眼もて見むわれならなくに
日あたればはばたく籠の小鳥すらまなこもてりと心なげかふ
かすかにも見ゆる光か電灯に顔ちかじかと寄せつつぞ居る
うつつには何も見えねどきぞの夜も夢にひとこそ見たりけるかも
かたはらにをみなの居るを感じつつ電車の中に立ち居たりけり
湯あみして外に出づれば月読に暈かかれりと弟のいふ
眼の前に壁を感じて立てりけりもろ手さしのべ立てりけるかも
鎌倉の浜に立ち居て大島の煙ながめしむかし思ほゆ
添ひ歩む母のたけ低し照る月の光明しと言ふ声きけば
現身のぬくみのこれる朝床を片付け終へてなすこともなし
肩なめてめしひの吾と丘を行く友は月をし見て居るらしも
吾が部屋に入りて来るは誰ならむ窓の戸閉めて出で行きにけり
行くほどに草匂ふなりこの丘に吾を連れ来しなれ有難し
いや遠くいまは響かふいかづちは東京湾を渡りゆくらし
寒き夜のま夜中とふけまさりつつ障子はためく音ぞ聞こゆる
したたかに己が額をうちつけし潜戸くぐりどくぐるひとりごと言ひて
まむかひに妻を迎へし家ありて朝戸あけつつ何か言ひ居り
陽を浴びて聞きつつあれば石刻む男たしかに二人居るらし
暮れがたは家をゆるがす風ふきて天井裏に砂落ちやまず
わがために楽譜よみゐし妹は机にふして眠りたるかな
キリストが見えぬまなこに手をふれていやししこともわれは思ひき
夜いねてめしひしわれのみる夢は光も影も淡くなり来ぬ
むらからす頭の上を啼きすぎてこの丘原は吾にしたしき
声たてて読ましめながら兄の子に英語を教ふさむき夜ふけに
わが顔をてらす冬日はかげりけり空を覆ひて雲すぐるらし
大きなる眼鏡をかけしわが顔の記憶もいまはうすれきたりつ
見る夢のうするるまでに眼がみえずなりはてしより吾は年経ぬ
まどかなる月かかれりとかひの空見上ぐる友と橋を渡りつ
まわりより耳に親しき声すれど顔はいづれも知らぬ友らかも
いづくより差すとしもなき日の光庭のひなたは移りゆくらし
春蝉は疾風はやちふき立つ雨あとの林がなかに低く鳴きつつ
この丘に梅雨晴れゆかばひぐらしは何千と知れず鳴きとよむべし
ひよどりは櫟林くぬぎばやしに鳴き居りてあたたかき雨ひねもすふりぬ


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