作品紹介

選者の歌
(令和6年6月号) 


  東 京 雁部 貞夫

「竹乃里歌」の原本秘め持ち子規歌集いく度も編みき若き千樫は
千樫夫人「アララギ」に原本返納せり折口信夫しのぶを仲立ちとして


  東 京 實藤 恒子

旧派でも新派でもないと言ひ放ちし高精細画人池上秀畝
大画面の代表作揃ひし回顧展これだと今日は目覚めてうき浮き


  四日市 大井 力

大寒のさなかに生まれし老耄に歌のえにしの花籠届く
家康公の伊賀より逃げしふるさとの野なかの道も舗装されたり


  柏 今野 英山

味はひて蕎麦をすすれば顔にでる店主は松茸採りにさそひくれたり
えにしなきやうでもウクライナとの共通点原発事故だけではない幾つもの


  横 浜 大窪 和子

わが通ひし大学の向ひなる角栄邸全焼と聞けば驚くばかり
国連とは何するところ今世紀かく理不尽なる戦起るに


  札 幌 阿知良 光治

ご子息の突然の電話に驚きぬ嗚呼つひに加藤吉昭君も逝く
君の家にて二人の編集会議幾たびか君も妻ぎみ早く亡くして


  神 戸 谷  夏井

久々の同級会に幹事のこゑ病と孫の話題は禁止タブー
薔薇の新芽のくれなゐの色胸に沁む今年もわれの庭にようこそ


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

一日を大事に生きむと切に思ふ神戸に那須に思ひし如く 三度目の震災
奥能登の「竹葉」今年も呑めるとぞ宮城の酒蔵にもろみ搾りて


  生 駒 小松 昶

昇進試験を即座に拒み子は励むロータリーエンジンの燃費低減
百四十億年の宇宙に奇跡なる地球にヒト科は日々殺し合ふ


  東 京 清野 八枝

大き銅鑼に金管と合唱の大音響息呑みて聴く「カルミナ・プラーナ」
やはらかく高くソプラノ澄み透る赤きドレスのヴィトリアーナ


  広 島 水野 康幸

『戦争と平和』の韓国語訳分厚くて五箇月経てまだ四分の一
三千人が一堂に会する全人代これで討論ができる筈なし


  島 田 八木 康子

立て続けに二人の友より骨折の知らせの届く齢となりぬ
懐かしき空気をまとふ歌添へし文来ぬすぐには我の作と気付けず


先人の歌

 宮地伸一歌集    『続葛飾』<平成五年〜十一年>より

 この山を一世恋ひにしわが父か旧派の俳人その名は鳥麓
 明治の代に町長つとめし曽祖父の写真を仰ぐ遠く来りて
 人のいいのが欠点なりと言へる声なかば肯ひ夜半を帰り来
 いくら何でもひどいではないかメチャボンクラの首相を戴く不幸と書けり
 その時はその時と思ひいねむとす東京直下の地震はいつぞ
 イタイノ?と幼きは問ふボールペンの朱のにじめるわが指を見て
 無意識にはづすをみづから戒めつつ幾たびか捜すけふもめがねを
 兄はルソンに二十六歳弟はサイパンに十八歳この石一つ


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