短歌作品投稿


今月の秀作と選評



石井 登喜夫 (新アララギ編集委員・選者)





え め

真夜中に君の口ぶりそのままの電子メールを読み返しおり

手をつなぐ事も叶わずお互いに確かめながら雑踏を行く

僕一人電車に残り小走りに暗がりを行く君の背を見る

歩くだけで胸が弾んで蝉の声を君が言うまで気づかなかった

やや急ぎ君がほおばりゆっくりと僕がほおばるたこ焼きはうまい



長澤 英治

リストラの話題絶えざる業界にて何がしかの益得しを喜ぶ

型通りに監査報告書もまとめられ総会近き夜半に酔ひをり

最終列車出でて静まるコンコースけふの明かりが次々に消ゆ



叢 雲

真夜中にまだ音のない雷が空全体を明るく照らす

捨て犬を飼はぬと言ひてゐし母が手に餌袋持ちて戻りぬ




下野 雅史

携帯を同じ時間にかけ合ひて互ひの愛を確かめてゐる

この鳥も足輪をされて飛んでゆく何処にも一人の自由などなく




ヒロミヤ

波に浮かぶ木ぎれは揺られゆられつつ潮の泡立つ浜に近づく




かすみ草

放課後の音楽室の窓際で「ジャニスの祈り」口ずさむ人




北夙川 不可止

ひとときの雨はや止みてむし暑き水無月の午後雲は動かず




澤 智雄

七夕の夕べは暑さやわらぎて天に二つの星を仰げり




藤丸 すがた

友達が「おはよう」と言うその頬に吹き出している汗にみとれる




まき子

突然に鳴きだす蝉の声かすか梅雨の晴れ間に時を違えて





「選評」
 今月の収穫は(1)のえめさんの「口語恋歌」と(2)の長澤さんの三首であった。
着実に平明に詠えば誰しもこの程度の歌は作ることが出来るものと思っていただきたい。
選ばなかった歌はまず私の手に負えないものと理解していただきたい。
下野君は私がよく知っている相手で少々悪口を言ってもへこたれぬ若者と理解しているので具体的に解明してみるが、次の歌のごときは何たることか。

  肌寒く蝉さへ鳴かぬ青空は桜の咲きたる花曇の夏

蝉は一体いつごろから鳴きはじめるものですか。 夏さなかに肌寒い日があって「蝉さへ鳴かぬ」日があることは分かります。 しかし、桜が咲いている花曇りと言えば「春」ではありませんか。
「花曇の夏」という季節はどこの国にあるのですか。 君は先だってイタリヤ旅行をしたようだが、イタリヤで蝉が鳴きますか。 桜が夏に咲きますか。 この歌の解釈が出来ないというのは、私の頭が狂っているのだろうか。 或は京都でこんなことがあり得るのだろうか。 下野君は天変地異を予言しているのだろうか。 下野君いかが?




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