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今月の秀作と選評




大井 力(新アララギ編集委員)


秀作



久住 誠鶴

雷の去りて玄海の朝は凪ぎ潮目の遠く沖に伸びたり

降りしきる雨やはらぎて島の瀬に波しろじろと光をかへす


評)
自然の姿を鋭く凝視、把握出来た。いい歌である。



ようこ

死に行くは運命(さだめ)と言へど弟よ自死しか選ぶ道なかりしか

自死を選びし母の空家に弟はなにを思ひしか命終のとき


評)
厳しい現実によく立ち向かい、弟を思う心が溢れる。



高橋 美千代

治るべくもあらぬ暗示療法に憑かれしか治療の手をはらはれぬ

ゆふぐれの藍にとけこむ田の緑かへるべき古里の家すでになし


評)
仕事の歌もいい。この作者の叙情性がいい。



長閑

職決めて気負いいる子よ先々にリストラが待つ過労死が待つ

髪黒く素直に戻し就職の面接に子は背を伸ばしゆく


評)
子供への心が精一杯でているのが実にいい。



遠野

足弱き吾を庇いし子を先に行かしめ独り歩を整えぬ

故郷の囲炉裏の炎赤々と黒く煤けし太梁照らす


評)
作者の屈折した思いがどの歌にもでいていい。



あいこ

逢いたき心抱きて聴けるワルトシュタインわれの想いを閉じ込めてゆく

赤まんま真夏の陽射しに群れ咲くを眺めてわれは立ち直りきぬ


評)
若い心の悩みが抑制された形ででていて新鮮。




新しき仕事の相談約せしに突然何の友の訃報か

メーリングリストの中の亡き友の名前いつしか消えて今日見ず


評)
現実の厳しさ、そして流れ行く時を捉えている。



ぷあ

日とともに義姉(あね)の面影うすれゆき遺影の顔が義姉となりたり

花の咲く桜の幹が水あぐるかすかなる音聴診器に聞く


評)
巧まずして、歌に取り組む。その成果だ。


佳作




かすみ

裏庭を猫のよぎりてその後にドクダミの匂ひ厨に届く

極楽鳥と見紛ふ赫き髪をして少年は遠く視線を放つ


評)
本来なら、秀作、感覚の鋭さが実にいい。



絢子

寂しさをまとえる人に寄り添うを選びし汝よゆめふりむくな

諌めるは我のおごりか弟よひとり行くべし己の道を


評)
かなり出来る人の歌、複雑な思いをよく表出した。



はるか

風のみが通る田中の一本道遠がすむレンゲの花を見に行く

吹く風の描く紋様次々とレンゲ畑の上を過ぎゆく


評)
牧歌的な風景をよく自分の叙情にしている。



としえ

じりじりと照り返す日に全身の汗が応える無心になれと

髪の毛の先からも汗は滴るを拭きて峠の風に休みぬ


評)
焦燥感のようなものが柔らかくでて、いい。



戸高 豊文

帰る車のドア閉めるころ病室の母は窓辺にたどりつきたり

二、三塁に挟まれている少年は身をよじりつつ生きなむとする


評)
着実に生活の中に歌を見出そうとする姿勢が実にいい。




促して励まして口にかゆ運ぶ薄くなりたる母の背撫でて

公園で暮らす人々に夕食配る言葉少なに礼を受けつつ


評)
母のみならず、他人にも心を砕く思いがよく出た。



大志

原爆を落としし国を憎むわれを左翼と詰る若き君らが

荒びゆく世に顧みる軍国の礼儀正しき少年われを


評)
礼儀正しく躾けられた自分を内省して、複雑である。



石川 一成

年老いし犬は心を見透かすかまばたきもせず我を見据える


評)
犬の目は正直だ。ほんのささいな事だが、心に触れて来る。



さちこ

回転ドアーの入るタイミングを計れずに戸惑う吾と夫一つコマに


評)
寂しい戸惑いだけれど、ほのぼのとしたところがいい。



けいこ

熊蝉の鳴くころの来てまた思う鬼百合咲きいし生家の裏山


評)
素朴な心温まる、いい歌になりました。



みどり

104歳の母悼むエッセイを書きし姑に「見たよ」の電話いくたびも来ぬ


評)
改稿の際のお互いの意志の疎通がもう一押し不足していましたね。原作通りのものがいい。



佐々木 晩星

送り火の煙にゆらり茄子の馬夕の空へ昇りて行くか


評)
古いお盆の行事が豊かな心で捉えられている。


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