作品投稿


今月の秀作と選評




大井 力(新アララギ編集委員)


秀作



伊勢

すりむきて血の滲む手に「血止めぐさ」のせくれし友を思ふをりをり
おのが名を原爆投下機に与へられパイロットの母はいかにをりしか


評)
このほかの作も良い歌が多かった。一首目は、叙情性が豊か。二首目は社会を鋭く抉りながら、そこに息づく人間を表現しているのがいい。   



新緑

患いてのちに初めし早寝早起きいまようやくに慣れてきたりぬ

片手もて林檎の皮を剥けしこと嫁ぎゆきたる子に写メール送る


評)
病後の暮しに戸惑い、必死に生活を立て直す作者がいきいきと描かれている。実感の強みということがいえる。「年の初め」の一首も実にいい。



ようこ

黙々と降り積む雪を除雪してこの地に順ひ生くる吾等よ


評)
この作者の平成15年8月の投稿作に「自死を選びし母の空家に弟はなにを思ひしか命終のとき」というのがある。この秀作に選んだ一首と、この歌は底辺で深く繋がっているのがわかる。いい歌である。



近藤 かすみ

二十三の子に自らの若き日を重ねて父母の嘆きを思ふ


評)
まさに輪廻の世界だ。深い思索が叙情性に結晶している。



けいこ

病む夫が碁会所に通う寒の日和うす紫のルージュさし見ぬ


評)
病む夫を思いやりながら、ほっと息をついている。なにかもの寂しい思いと、交錯した思いなのであろう。感じのいい歌だ。



宮野 友和

貨物車は速度を緩め眼の前を雪解けの雫垂りつつ過ぎぬ


評)
凝視のよく効いた歌。雪解けの雫が光っているのを想像させる。


佳作




hana

見晴台にはるか見下す本栖湖の薄紫の奥のくらき輝き


評)
結句のくらき輝きにより生きた叙景の一首になった。



ぷあ

夫に頼みし洗濯物が皺のまま干されて茜の空に揺れおり


評)
皺のまま、で生きた。この素直な表現のよさを見習いたい。



としえ

雪被り二匹の子犬が身を寄せて蹲りおり階段のしたに暗きに


評)
視線が感じられるいい歌だ。作者の気持ちが投影しているのであろう。



つね姫

津和野城のかの石段でのべられしこの手にすがりし18年前か


評)
「この石段で」は「この石段に」のほうがいい。十八年前を回想する思いがよく出ている。



けい

いつもの道帰りゆくほかない宵に会社辞めようかとつぶやいてみる


評)
寂しい思いが伝わる。ほかの歌もよくわかる歌だ。一見散文的に見えるが、思いの深い歌だ。



大志

いささかの誇張もまじへ来しかたを若きらに語るこれも詐称か


評)
いま問題になっている社会現象を自らのことに置き換えて詠むことは難しい。けれど作者は自分に引き付けて詠んでいる。これは作者の力量である。ここには潔癖な作者のこころが別の形でのべられている。ここがいい。  



石川 一成

新年の宴に古き歌つづく一人二人と若きら席立つ


評)
現代の世相がよく現れているが、断層をいまひとつえぐるところが欲しい。



ゆせ

ツメたてて好まぬ音を繰り返す我が姿みてなおも止まらず


評)
なにか得体のしれない、焦燥感みたいなものが何であるのか、判然としないが、そのこころの乾きみたいなものを、もう一歩突き詰めて詠むといい。

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