作品投稿

今月の秀作と選評




青木 道枝(新アララギ会員)


秀作



宮野 友和

目の前を鋭く低く鳥よぎる海のうねりの今は静けし

波に濡れた髪に潮風吹きつけてサーフボードに落ちる滴は

海と街の見える丘のうへ僕たちの髪吹きかへし冬の風吹く


評)
しらべが緊密であり、語感があたらしい。



山本 道子

老いし姑の傍に座りこもごもに語る旅せし阿蘇の山路を

日に数度嫁ぎてよりの苦を語り姑は今が幸せと言ふ


評)
丁寧に生きる姿勢が、そのまま歌に表れている。



米安 幸子

共に行きしギリシャの海の藍の色君の手織りのマフラー届く

「海境は藍に暮れゆき月のぼる」わが歌のイメージを君の織り成す


評)
イメージの世界にまで広がり、やわらかな感情。



としえ

哀しみは忘れよ新年の空高く午前零時の鐘なり初めぬ

鐘響く夜道を集ひゆく人ら十字架の前に何を祈るや


評)
昨年の暮れを思わせる内容。こころを伝える写生。



新緑

杖の身の不自由な我もハンドルを握る間は皆と変らず

我が悲鳴に「痛かったね」と治療師は笑顔で尚もリハビリをする


評)
生きる日々の中で、自分を、人を、しっかり捉えている。



かおり *

三日月を黄色に描きし少女期の空が広がる街の外れに


評)
詩的な感性が感じられる。原作のまま。


佳作




けいこ

平穏を虚しくおもふ三が日世には次々大事ありしを

三ヶ月のみどりごの声受話器よりひびくに夫も耳を寄せをり


評)
わかりやすい言葉で、いっそう、余韻を残す。



かすみ

子のために編みし毛糸の残り糸日なたの畳にひしやげし形

遠きむかし編みて縮みしセーターを捨てよと夫(つま)はこともなく言ふ


評)
母親のこころ。特に、1首目の下の句に、魅力。



大志

軽口のいつになく出で年終ふる職場のガラスわれら拭きゐつ

浴室の天井のカビ指差して妻は棒束子をわれに握らす


評)
日常から題材をとらえる意欲。2首目のユーモラスなあたたかさ。



山本 道子

年の瀬の市場より鰤買ひ来るは職退きて夫の役目となりぬ

吾が母の馴染み使ひし行平鍋に粥を作りぬ姑に持ち行かむ


評)
苦労して詠まれたとのこと。自然なしらべと、こめられた心。



かおり *

潮の香と波の音満ちし岸壁に立てばわが背に西日がぬくい

分かり合うという喜びうすき世に在りて育ちいる児の笑みは眩い


評)
2首目、現代を詠まれて、印象にのこる内容。



石川 一成

初春に柏手うてば背後より妻と娘の打つ音重なる

冬の日に北陸いづれば東海の空はあけぼの明星きらめく


評)
短歌に馴染んだ作者の、余裕ある作品。



としえ

糸電話かすかに聞こゆ子の声が途切れ途切れにわが待つ耳に


評)
「こういう感じ、わかるよ」と思わず言ってしまう一首。



米安 幸子

機の前に幾日を座り織りまししマフラー巻きぬ雪降る今日は


評)
人とのかかわりを、あたたかさを、歌に織りなした。


寸言


選歌後記

 今月は、サーヴァー側のトラブルでしょうか、ホームページに接続できない期間があり、多くの方々に、ご迷惑をおかけしました。それにもかかわらず、こうして、多くの作品が寄せられました。選をしながら戸惑うほど、レベルの高い作品です。この様子をスイスの地で見守っていてくださる倉林先生も、喜んでくださるに違いありません。

 感性のこまやかな人は、敏感に、人や書物から感じ取り、吸収してゆきます。それは大切な素質なのですが、もっと大切なことは、みずからの生き方を作ってゆくことです。日々の仕事、人とのかかわり、高く仰ぐこころざし。自分だけの生きる領域、自分のことばを築いてゆく事です。
 歌は、そこに伴って生まれてくると思うのです。
                青木道枝(新アララギ会員)


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