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○
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正 |
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書に倦みて顔上げしとき窓の外を山鳩ひとつ素早く過ぐも |
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酒断ちて五年過ぎ来てこの朝は揺るる馬酔木の花の明るさ |
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評)
屈折した心を持ちながら、自然に向かった時に一層心に触れて来るという事が良く表現されていて、優れた歌になった。 |
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○
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聡 |
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湯の蛇口ひねりて湯の出るまでの間に食器を全て洗ひ終へたり |
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水撒きを終へて巻かるるゴムホースぶるぶる震へて水を吐きたり |
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評)
物事の現象に作者の心の動きを凝縮させて、巧く纏めた二首。特に二首目は独特な把握で、ゴムホースが巻かれて行く様子が生き生きと読む者に伝わり新鮮である。 |
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○
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宮野 友和 |
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背後よりヘッドライトは照らし来る俺をこのまま轢いてはくれぬか |
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親子連れも会社員我も呆然と夜の弁当屋に順番を待つ |
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評)
現代を巧みに歌に取り込んでいる。一首目は、自分に一瞬去来する感情を率直に歌っていて特徴がある。二首目は現代の食に対する現象を生き生きと写し取っている。 |
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○
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大志 |
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暮れなづむ荒川土手にはばからず茂吉の歌を高く諳んず |
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丈ながき貨物船ゆきてしばらくはテムズの岸に波の打ちつぐ |
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評)
一首目は気持ちの張った歌、「諳んず」が良い。二首目は良く情景を捉えた歌。いずれも調べが滑らかで良い。 |
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○
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小林 久美子 |
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丸顔の地蔵尊の下がり目は子に似てゐると夫の笑ひぬ |
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鉢植ゑの僅かな分葱の青々と伸び来て芥子に和へて今朝食す |
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評)
柔軟な作者の気持ちが良く表現されている。一首目は微笑ましい情景が出ている。二首目は早春の清々しい気持ちを「鉢植ゑの」分葱に焦点を合わせて歌った所が良い。 |
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○
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英山 |
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ひさびさの母が搗きたる草餅に夢中で食べし父懐かしむ |
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山に入り春の香りを味ははむ落葉に隠るるミツバを摘みつつ |
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評)
一首目の父を思う歌、二首目の早春のミツバ採りの様子、共に引き締まった表現が歌を完成度の高いものにしている。 |
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○
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熊谷 仁美 |
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行き詰まる午後は熱湯ていねいに注ぎてドリップコーヒー淹れん |
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同じ朝を繰り返すだけの出勤も桜の上に明るき日差し |
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評)
二首ともにフレッシュな作品。感じ方が清新である。特に二首目は日常の哀感が出ていて説得力がある。 |
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○
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新緑 |
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多面鏡に麻痺で杖突く身を写し何度も歩きて姿勢を正す |
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樹の芯の朽ちたる桜の咲く前にて麻痺の吾にも力の湧きぬ |
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評)
自己から目を逸らさず真正面から歌い込む姿勢が、歌に勢いを持たせている。二首ともに心情の良く出た歌。 |
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○
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石川 一成 |
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春来れば何処へゆかん靴買いて旅の案内書あまた集めぬ |
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笛響き練習始むる少年らプール一面に泡わきたたす |
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評)
二首ともに整った歌。特に二首目は、少年らの生き生きとした様子が伝わって来て新鮮である。 |
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○
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けいこ |
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真四角に植ゑたる二十のチューリップ一気に咲きぬ赤一色に |
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評)
早春の清々しい気持ちに着目して歌った所が印象深い。「真四角に植ゑたる二十の」いう表現に特徴がある。 |
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