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今月の秀作と選評




石井登喜夫(新アララギ選者)


秀作

[A] 添削を受けず 完成度の高かった作品


西 井

文政の代を生きしわが祖の墓文政の文字のほか読み難し



大 志

意に添はぬ選挙速報のなりゆきにもう一杯の熱き茶をのむ



齋藤 茂

Vサインする優太の前に三本のローソクの立つ写メールとどく

[B] 努力して 完成度を高めた作品


石川 一成

出土せし須恵器の中にただ一つ耳環のありてあやしく光る



大橋 悦子

祭りの夜施設に父を訪ね来て二十年ぶりに食卓囲む



みどり *

ひとり過ごす部屋でアロマを焚いてみる満ちてくる香に君を思いて



ともこ

木々の間を洩るる夕日に若鹿は角の産毛を光らせて立つ



栄 藤

日に幾度湧く腹立ちか選挙カーの悲鳴に似たる候補者の声



川 嶋

変り果てし母の寝顔にとめどなく医療不信の思ひ湧き来ぬ



知 己

精米機に玄米を入れつつ緊張す糠の残渣にわく虫ありて



え め

心決めてわれには重き声援を負ひてスタート台に立ちたり


佳作




栄 藤

すかさずにテレビは映す本塁打打たれて沈む監督の顔

「歳のこと考えてよ」と派手なシャツ買ひ来て妻にまた叱られる

ボランティアに妻の帰りの遅ければ洗濯物を取り入れて待つ



みどり  *

クーラーに冷えた机で書き綴る日記は君への思いで埋まる

暗い部屋でキャンドルライトを眺めてる思い出すのは君の横顔



齋藤 茂

雷鳴の遠く聞こゆる夕暮に路地の角かど迎へ火ともる

夏空を流るる雲のありさまを高層ビルの壁面写す



西 井

階段を登れる足の爪の痕残して逝きし犬を忘れず

テレビに向き指示する妻に従へば阪神の敗るることはなからむ



大橋 悦子 *

車椅子の媼が祭りに踊りたる姿を生き生きと父は描けり

新しき腕時計を父に買いて来て細くなりたる手首に巻きぬ



英 山

湯の町の明かり途絶えし川端に廃屋となりて旅館の並ぶ

シラビソの根元一面黄に染めしアンズタケの代(しろ)に今年も会ひぬ



新 緑 *

台風に煽られ杖のふらつきぬ内視鏡検査の時刻せまるに

「立てなくてごめんなさい」と座ったまま友の叙勲の乾杯をする



川 嶋

意識薄るる母の手とりて仲秋の今宵わらべうたを唄ひ聞かせむ



小林 久美子

水涸れしダムの底より現れぬコンクリートの役場あらはに



知 己

質よりも量を選びし貧しき日々古米購ひゐし母を思ひ出づ


寸言


思いのほか、佳い作品が集まったように思います。アシスタントの努力に感謝しましょう。
さて、この歌が何故採り上げられなかったかと、不審に思われる点もあるかと思いますが、そのままにして置いて、10年後に見直してみると、漸く、どこが悪いか判るということもありますので、採り上げられなかった歌も、諦めて捨てたりしないで保存することをお奨めします。
皆さんが、将来、歌集を作ろうと思われたときに、佳い歌ばかり集めると、窮屈で読みづらくなる場合がしばしばあり、そのときに、「駄目だ」と言われた作品を入れてみると、案外ほのぼのとした感じになることがあります。又、持ち前の欠点が長所となって生きてくることもありますから、欠点もよく自覚して大切にして下さい。
この度も、途中まで見ていて、何とか今一つと思った歌を、投げ出したらしいものが二つありました。 私にも、一つの素材を捉えながら、五十年たっても、まだまとまらない歌があります。諦めたら「おしまい」ですから、生きている限り向ってゆくつもりです。今月の、ほしいままな物言いをお詫びします。


                     石井登喜夫(新アララギ選者)


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