作品投稿

今月の秀作と選評




内田 弘(新アララギ会員)


秀作



中村

爆心地に兵のかへりを待つ人を灼かれし石は影に残せり


評)
広島への原爆投下の瞬間を淡々と歌って優れている。



西井

要観察の診断見つつ安堵せる妻と今宵はビールを酌まむ


評)
検査の結果が分かった時の安堵のこころが、妻との関わりで出ている所が良い。



大橋 悦子

なめらかな先を揃えしクレヨンの新しき箱を父に持ちゆく

ひと夏を育て来たりしミニトマト摘めば両手に赤のあふるる


評)
実感のある二首。気持ちが端的に表現されている。



栄藤

足擦りて歩く少女を追ひ越して七十七のわれは行きたり


評)
寸景を描写しているが、世代の違いも窺われて広がりのある表現となった。



みどり

スティックで軽くリズムを刻む時硬い打音に君を忘れる


評)
控えめではあるが清新な相聞の歌である。



新緑

内視鏡に見えし症状は光線の影だと医師は丁寧に言ふ


評)
医者と作者との関係が推し量られる深みのある歌。



斎藤 茂

十人の子を育て来しわが母に添ひて今宵は布団を敷かむ

いが栗のたわわに実る路地裏を手押し車の母と歩めり


評)
母への思いが抑えられた表現で出たところが優れている。完成度が高い。



石川 一成

アスベストの塵わが肺に残れるか建築工事に携わり来て

アスベストと聞くたびよぎる不安感建築工事にかかわりし我は


評)
アスベストと作者の関わりが端的に出たところが優れている。



英山

城跡は大楠の囲む学校となりひぐらしに交じる応援の声


評)
「ひぐらしに交じる応援の声」と捉えたのが良い。



高橋 美千代

恋のかたみ纏ひ松風舞ひゐるに余震おこりて舞台のふるふ


評)
瞬間を捉えて引き締まった歌である。


佳作




新緑

屋上の俄なる風にジャンバーが煽られ杖も飛ぶやうに浮きぬ


評)
実感の溢れる歌である。「飛ぶやうに」は推敲の余地がある。



西井

癌検査の結果聞かむとフィルムの貼られし診察室に入りゆく


評)
率直に事実を歌って端的な歌である。



斎藤 茂

のきなみにシヤッター下りし真昼日の新発田上町人影見えず


評)
店を閉店して行く事の多い町を歌ったところが良い。



英山

店(たな)奥の毛氈赤き雛飾り新しき習ひは古町に根づく


評)
比較が気になるが、新旧の違いを捉えている。



みどり

コンビニの眩しい光が落としいる帰宅途中のサラリーマンの影


評)
淡い面は残るが、都市の夕べの哀感が出ている。


寸言


選歌後記

今月の最終稿は、かなり完成度の高い作品が多かった。推敲を重ねる事で、言葉が引き締まり、無駄な表現が無くなった結果、歌いたいことが端的に表現された。
出来るだけ単純に歌いたいことをズバリと歌ってゆくことを心がけて欲しい。訴えたい事、表現したい事を整理してから歌うという事が望ましいが、推敲していく過程で、明確になってゆく事もある。
最初から構えずに歌って、推敲する上で、一首の完成を目指す事も現実的にはありうる事である。まず、作るという事をどしどしやって頂きたい。
今月は、投稿したみなさんだけではなく、H・Pを見て頂いた方々も同じ場で作品について考える事ができた事は大変良かったと思っている。


                     内田 弘(新アララギ会員)


バックナンバー