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今月の秀作と選評




石井登喜夫 (新アララギ選者・編集委員)





みどり

手を嘗めて甘えるウサギざらついた舌の感触微かに残る
壁越しに小さく聞こえるピアノの音滑らかな指心に浮かぶ



新 緑

子の逝きて五年たちしに愛らしきハートのチョコが今日届きたり
細き指が会話辞典の上を這ふブラジルの少女(しょうじょ)と会話する時



齋藤 茂

さざめきの中にルンバの曲流れ踊り始めむ手をさしのべて
雀来て頬白が来て百舌も来る春めく朝の庭の桃の木



石川 一成

愚痴言いて気の晴れし子かケイタイに吉本喜劇の空席さがす
漫才の早きテンポにつきゆけず笑いどよめく中に黙せり



仲 山

筑波山に真向かう施設に移り住み刻々の変化をデジカメに撮る
フィルターのぽたぽた落ちるコーヒーをじっと見つめて今日を占う



栄 藤

この年の賀状も多しわが財と思ひて見をり幾度となく
若者がただ自転車に追ひ越ししのみに怯ゆるわれとなりしか



英 山

機関車の黒きに触れてよみがへる子と連れだちし旅の数々
高層ビルのガラスの壁が舗道に迫り緑つらなるこの街に建つ



つかさ

盲目の義父の手を引く義母を見て一心同体という意味をわが知る



中 村

子育てを終へて勤めに出し妻のいたはりを想ひ布団をたたむ


寸言


 みどりさんの「ウサギの歌」は今月最初に目にとまった。「ざらついた舌の感触」というところに独自性がある。ピアノの歌はやや類型を感じさせる。「心に浮かぶ」の「心」でよいかどうか考えさせられる。
 新緑さんの「ブラジルの少女」の歌。上の句にみどころがある。チョコの歌も 先例のあるものだが これはこれでよかろう。
 齋藤さんの「ルンバの歌」うまくまとまってよかった。「庭の桃の木」の方は本当は倒置法を使わずに考えて頂きたし。
 石川さんの「吉本の歌」「出来ましたね」というところ。
 仲山さんの「筑波山の歌」も自分に引きつけてまとめた処がよかった。一口に「客観写生」と言っても前記した通りとかく大まかになりすぎて纏まらないものだ。それに比べると「コーヒーの歌」には作者のみの具体的な視点が示されていて感心。
 栄藤さんの歌。二首とも同感できる。
 英山さんの歌は何となく追い詰められて逃げた感じがする。
 つかささんと中村さんの歌は今一歩の不足を感じる。
 としえさんの「フィギュアの歌」は、多くの人が全くその通りに見ていたので、これはこれでまとまってはいるのだが、一般的に終っているのが惜しい。 此処から何か「特殊なもの」を掘り出すのが「作歌の勉強」と言える。

 しかし、数少ない作品の中からこれだけの成果を得たことに大窪さんの骨折りを多とすべく感謝の意を表しておきたい。



               石井登喜夫 (新アララギ選者・編集委員)   


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