作品投稿


今月の秀作と選評




雁部 貞夫(新アララギ選者)


秀作



英 山

枯木立の下にあまねく光受けハシリドコロの緑広がる


評)
描写が確実で、安定度の高い作品です。「ハシリドコロ」という植物名の存在感がある。日頃、山野を跋渉することの多い作者の生活が反映され、他の作品も佳吟といえる。



栄 藤

徴用にてわれらの造りしその舟が特攻艇と今日は知りたり


評)
戦時中に自分たちが作っていた舟が戦後60年たった今、特攻用の舟であったという事を始めて知ったというのである。戦争の残した爪跡の大きさを思い知らされた。



けいこ

おさなごはブリッチをしてわれに笑む生えてまもなき白き歯みせて


評)
「ブリッチをして」が始めはわからなかったが、レスリングなどで見せる、身体をそらせ、それを頭で支える技と解した。まさか、トランプの「ブリッチ」ではあるまい。下の句の具体的な描写が活きいきとしていて、印象的だ。



白井 あい

田も畑もわづかになりて住宅の犇く街に鉄塔は立つ


評)
田畑をつぶして、その跡にびっしり住宅が建つ、さらに電線を引くべく鉄塔が威圧的にそびえる。現代の風景がうまく切りとられている。



石川 一成

世に出でて二日目なれど嬰児の泣き声頼もし力のありて


評)
誕生して二日目の孫を詠んだ作。生命の誕生への賛歌を力強く歌った。こういう「孫」の歌はいくらあってもよい。他の作も着実な生活をよくとらえて表現している。


佳作



英 山

山深き佐久の谷間を貫きて送電線は尾根を越えゆく


評)
くっきりと景観をとらえた叙景歌。清潔な詠み口である。



仲山 小百合

抑揚を付けて鳴く鳥チョットコイ姿見たくて辺り見回す


評)
「チョットコイ」と鳴くのは小綬鶏であったか。軽快な歌だ。



大橋 悦子

雨の中を来たりし汝の肩先の滴となりてとまりていたし


評)
何度か苦労して一首にまとまった。作者のねばり勝ちであろうか。



斉藤 茂

百合を持つ優太に近づき抱き上げる妻の笑顔はいく日ぶりか


評)
「孫」歌というよりは、妻を思いやる気持がよく表われた作。



白井 あい

高圧線縦に横にと大空を截て続きぬわが街の上に


評)
この作も、だいぶ苦心した作。その苦労が生きた。特に「高圧線」云々が印象的。



新 緑

車窓に映るわが髪しばし整えて杖を突きつつ会議に向かう


評)
「腰骨」云々の歌も悪くはないが、自分のことを詠んだ、この作品を採った。他の作ももう少し工夫するとよい。


寸言


選歌後記

戦後のアララギの生活詠を新聞という大きな媒体の中で、発展させるのに力を尽くして来た近藤芳美氏が昨日(6月21日)亡くなった。93歳。師であった土屋文明の残した功績と軌を一にした歩みと言ってよいが、近藤氏の場合は、より現代の社会に密着した活動であり、社会一般の人々に対する働きかけが大きかったと言える。「無名」の人の短歌を社会生活の前面に浮かび上がらせた事を我々は忘れてならない。
今月の「先人の歌」に近藤氏の5首を取り上げる所以である。


                 雁部 貞夫(新アララギ選者・編集委員)   


バックナンバー