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今月の秀作と選評



 (2007年1月)

倉林美千子(新アララギ選者)


秀作



吉岡 健児

終了の笛こだましていつまでも競技場に伏しラガーひた泣く
山よりほかに見ゆるものなき故郷に淡紅色の姫椿咲く


評)
一首目は、第二句までの事実が状景の臨場感を強めて、インパクトのある作。見守っている作者の心情まではっきり認識することができる。二首目は没細部的な上の句の表現から目前の姫椿に視線の移る遠近法に特色がある。姫椿の位置をもう少しはっきりしたい気もする。他の三首も淡いが捨てがたい。いずれにしても初心者の作とは思えない。



大橋 悦子 *

明日君に贈らむマフラー傍らに心足らいて聖夜明けゆく
東側の窓いっぱいに海の見ゆ君住む町へ向かう電車に


評)
精一杯の君への思いが、実に健康的に表現されたと思う。他三首もそれぞれ一所懸命。自らの言葉と写生に骨折っている。頑張ってほしい。


佳作



斎藤  茂

朝明けの白き富士山眺めむと職場の窓の露を拭きとる
窓辺に立ちこころ虚ろなり脳動脈瘤の疑ひありと知らせ受けとる


評)
何気ない日常の行為だろうが、清々しい快感を読者も共有することができる。富士山の歌は難しいが成功。羨ましい職場。二首目、大変だったが何事もなくて良かった。淡々と述べたところがよい。「こころは虚ろ」とすると歌に緊迫感がでる。



イルカ

青き海さんごに惹かれ訪れし那覇の浜辺に基地の広がる


評)
うきうきした旅の気分から、ふと現実に引き戻される感じが下の句によく出ている。



新 緑 *

設立にかの日かかわりし施設なり我ここに今リハビリ受ける


評)
「リハビリを受く」とする。「五十年あわない師にあて賀状書くいまも美声と笑顔の浮かぶ」これも気持のわかる歌だが、「いまも」を省き「美しき声と」とするとずっとよくなるように思う。語の斡旋もう少し。新緑さんお久しぶり。頑張ってますね。



けいこ

携帯より二歳となりしミレの声何語でお喋りしてるのかしら


評)
単に片言でわからないというのではなく、実際ミレちゃんは父の国の言葉、母の国の言葉を用いる家庭に育っているのかなと想像する。下の句の口語体はこれでよいと思う。



英 山

上野駅に母を見送りつかの間を公園に仰ぐ銀杏の老木


評)
瞬時のやすらぎを言い得たと思う。他の四首もそれぞれ写生による抒情の本道を歩みはじめている。「銀杏老木」と続けても良いかと思う。 掲示版の中で言い忘れたこと一つ。「垂乳根の」という「母」につく枕詞は、乳の満ち足りた女性をいうので、老いた母の乳ではない。



嗚 滝

いにしへを恋ふる心に西日射す冬の田にたつ煙ひとすぢ


評)
抒情性の強い作品である。特に現実の冬田に一筋の煙を見たところがよいが、「たつ」が、掛詞のように、作者が立っていることと、煙がたっていることと、意味が重なるようなつくり方でないほうが良い。「冬田見てをり」とでもしたらどうか。



桂 辰

登りたき山の地形を図に閲す日金山へはいづくの路を


評)
この歌は気持が良く動いている。山登りの前の準備であろうか。しかし苦労してまとめた「暮れも正月も」の歌はこれでは日本語ごたごた。とにかく意味だけでも整えてみると「車多く出でて街路も店も混む暮れと正月はやはや過ぎよ」となろう。原作と比べてほしい。これでも掲出の「山」の一首の方がよい。作り続けるうちに呼吸がのみこめると思う。


寸言


選歌後記

提出された作品はどれも一所懸命で、伝えようとする素材、掴んだ素材にそんなに差がある訳ではなかった。初心者のものはどうしても言葉の斡旋がギクシャクする。しかしこれは作ってゆくうちに自ずから解決してゆくと思う。
出来上ったらしばらく時をおいて、もう一度声に出して読み返すと、音律として理解できるし、日本語としての不自然さにも気付く。試みてほしい。
今月は選歌も楽しかった。また半年後お会いできるように祈念している。




                     倉林美千子(新アララギ選者)


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