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今月の秀作と選評



 (2007年10月) < *印 新仮名遣い>

内田 弘(新アララギ会員)


秀作



新 緑

執念の成果と友の褒めくれる麻痺の足指動くを見つつ


評)
下句が良い。自分を客観視して冷静に歌うからこそ読者に切実に響いてくる。しかも、友からリハビリの成果と認められた事が嬉しいのである。リアルに歌った成果である。



ひ で


いのち果てなば眠らむところときち詠う武尊の峯の雲はむらさき
生き難き障害持つ兄あわれなれ共に毒飲むきち二十五歳


評)
ひでさんの今月の意欲が窺える作品。そのうち、良く一首に纏めた二首を秀作とした。意欲を持ち、作品化した事に敬意を評したい。一首目は結句が良い。淡々と歌ったところが良い。二首目事実を端的に詠いこんだ力は相当なものである。



むぎぶどう


トラックを駆ける初秋の風になるまだ青春を知らないわが子



評)
爽やかな一首である。わが子を歌うのは難しいのだが巧く纏めた。「初秋の風」となって駆け抜けるわが子を「青春を知らない」と捉えたところが独特である。



栄 藤

観光の誘ひを断り被爆者のわれの広島をひとりに訪はむ



評)
重い経験を捉え、「観光の誘い」を断り、密やかに訪ねるのだ、という沈潜した哀しみまでもが伝わって来る。「ひとりに訪はむ」に気持ちがこもっている。



斎藤 茂

朝あけの萩の花咲く散歩道でんでん虫を草むらに移す



評)
このような歌が、もっとあっても良いと思う。柔らかい作者の気持ちが伝わって来る。優しさが具体的な事で伝わって来る。ほのぼのとした気持ちにさせる歌だ。



吉岡 健児

宙を切る仕上げ鋏を入れながら頑固親爺の皺深く笑む



評)
上の句が独特な表現で魅力的である。それがあるから、下の句の俗っぽい言葉も生きてくる。歌はどのように上、下の句が影響し合って纏まるか、という事でもある。



英 山

心病む君の思ひを測りたし丸刈りとなりしを戸惑ひながら
死にたいと事もなげに言ふ君の顔に病める心の奥はつかめず


評)
今月の英山さんは、意欲的に取り組んだ。「心を病む」君を浮き彫りにして、そこに気持ちを込めて歌う事は至難の技である。一首目は「丸刈り」となった事を心と巧く結びつけた。二首目は少し抽象的だが、「心の奥はつかめず」で辛うじて説得力を持った。



けいこ

「お空にはばあばの好きな青と白あっていいね」と雲に呼びかく



評)
会話を歌に持ち込んで、成功した。結句も広がりを持って、纏める事が出来た。情景が目に浮かぶように歌ったことが良かった。


佳作



新 緑


縫いぐるみの犬を抱きしめ筋痛症の友は全身の痛みに耐えぬ



評)
痛みに耐える為に、日常的に置いてある縫いぐるみを抱きしめている友の様子が生き生きと表現できた点が良い。



仲山 小百合


車椅子何時も上手に動かして美人は何でも絵になっている



評)
軽いタッチで歌っているが、下の句を巧く纏めた。それも、上の句の「車椅子」を上手に動かす、という具体が生きているからである。



むぎぶどう


霧雨は滴となるも蜘蛛は巣の真中に下を向きて動かず



評)
良く見て最後まで対象に接近した事が特徴のある歌にした。結句が巧い。



栄 藤


ボランティアを止めよやめよと言ふわれに妻は疲れを隠しゐるらし



評)
日常の寸景ではあるが、実際を歌って説得力がある。夫婦の心の交流が巧く表現されている。



小林 久美子


幾日も窓辺に干されし洗濯の白のブラウス風に吹かるる



評)
洗濯物が「風に吹か」れているだけなのだが、「幾日も」干されている、という事で、干した人の生活までが類推出来る所が良いのである。余計な事を言わないで、読者を引き込む表現になっている。



斎藤 茂


父が病み姉の千円の仕送りがわが高校の道をひらきぬ



評)
小説的な題材であるが、説明に終っていないところが良い。それは、「千円の仕送り」の具体が効いているからである。それが高校の進学を可能にした、という作者の思いに結びついている。



吉岡 健児


喜寿過ぎし母の持ちたる携帯よりひらがなだけのメール届きぬ



評)
何の衒いもなく、そのままを歌って成功した。母上への愛情が根底にあり、その暖かい気持ちが「ひらがなだけの」に凝縮されている。



けいこ


風呂を疎むをさなは嬉々とジャンプせり炭酸泉の渦巻のなかへ



評)
お孫さんを歌って、生き生きとしている。「ジャンプせり」という動きのある表現に結びついたところが良いのである。


寸言


選歌後記

 今月は、意欲的なひでさん、英山さんの作品に注目した。二人ともテーマをかなり意識的に設定して、それをどのように表現する事が実感のある作品に仕上げられるのか、という挑戦である。ひでさんは生活圏にある「女啄木」と言われた「きち女」の生き方に共鳴して、連作とした。資料館などに行った時の感動を歌うと言うのは、ともすれば感動が通り一遍になりがちだが、ひでさんは必死になって、自分が受けた感動を表そうとして頑張った。また、英山さんも直接的に身近にいらっしゃる「君」を歌って、心の病に纏わる、難しい題材に取り組んだ。迷いやどう表現出来るのか、という難しい問題に取り組んだ。まだまだ、言い切れていない面があるものの一定の所は歌えたのではないか、と思う。
 このお二人に共通する、果敢に歌材に取り組む、という事は大切だ。漫然と歌うのではなく、テーマを持ち、色々な角度から読み込む、ということは、歌う者にとって、時には、心しなければならない事だろうと思う。
 そのほか、けいこさんの会話を取り込んだ歌、斉藤茂さんの「でんでん虫」の歌の巧まない、素直な暖かい歌、吉岡健児さんの独特な上の句の事、むぎぶどうさんのわが子のことを歌った歌にも特色があって良かった。新緑さん、栄藤さんの作品も安定感があった。
 私は、このHPに関わって、3年になるが、真摯な努力を重ねている方の歌にはどこか工夫が見られて、頼もしい。これからも、是非、意欲的にご自分の作品を点検することをお勧めしておく。


           平成19年10月25日
           内田 弘(新アララギ会員)


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