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今月の秀作と選評



 (2008年5月) < *印 新仮名遣い>

内田 弘(新アララギ会員)


秀作



吉井 秀雄

赤々と松明燃える境内に達磨売りらの呼び声響く



評)
縁日の祭り行事に合わせての出店、そして売り声、生き生きとその場の雰囲気を描き出した。表現も引き締まっている。「ら」としたが、「達磨売り」の声だけで良い。



けいこ


花冷えの霞める空にやまざくら行くての山を白く点せり



評)
推敲を重ねて、纏まりのある作品となった。印象鮮明な場面を歌にするとき、とかく思い入れが勝ちすぎる傾向があるが、良く抑えた表現となった。そこを評価したい。



斎藤 茂


三人にて五人のをさな乗るリヤカー土手に押し上ぐ桜の満ちて



評)
面白い場面を歌にした。そこが新鮮である。大人3人がかりで、幼子の乗ったリヤカーを押し上げて桜を見せているのかもしれない、厳密には場面は特定できないが、ほのぼのとしたものが伝わる。



新 緑


間伐材で沸かしし温泉を友と浴ぶ麻痺の左足を気遣われつつ



評)
下の句に実感がこもっている。淡々と歌ったところが良い。



は る


夜の街を走る電車の乗客の皆ひたすらに携帯を打つ
メール打つ夜の電車の乗客の長き爪先巧みに早し



評)
現代の風俗を捉えようとして、努力した。一首目は都会独特の情景が客観的に表現できた。二首目はその一人に着目し、細かい所まで歌った。その意欲を買いたい。



吉岡 健児


黄のゑのぐ使ひ尽くしてをさなごは菜の花畑駆け廻りをり



評)
巧みな歌だ。「黄」の絵の具と菜の花畑、とが多少作意が目立たないわけではないが、全体が生き生きと歌われているので、それも許されるであろう。



さつき


竹の子はまだかと竹林踏み入ればウグイスの声笹間より聞こゆ



評)
少し幼い表現でもあるが、春のうきうきした雰囲気が捉えられていて、魅力的である。「竹の子」を探して、踏み入った竹林に「ウグイスの声」がする、という所が良い。


佳作



石川 順一


何時もとは違ふソフトの新作に心華やぎ足も浮き立つ



評)
パソコンソフトを新しくした時の喜びが素直な表現で出ているところが良い。どんなソフトかは、解るようにしなくてはいけないことは勿論だが・・。



仲山 小百合


寂しさを紛らす為の毛糸なり古きセーターをほどいてマフラー


評)
軽妙な詠い方が、この作者の特徴だが、表現に無理がある場合が多いので注意が必要である。この歌も結句が面白いのだが落ち着いていないことを考えて欲しい。



あきた げん


脈乱れ苦しき訳を心臓の弁が足りぬと医師は言いたり



評)
少し報告的な面は否めないが、纏まりのある歌である。淡々と医師の言ったことだけに集中して歌ったところが良い。



山本 景天


婚約の指輪はめたる娘の姿見つつ妻が涙流せり


評)
誰しもがこういう場面に遭遇する事はあるが、そこを、感情に流されないように歌うのは、意外と難しい。この歌も推敲を重ねて、このような形に纏まった。静かに妻を見つめる事で、かえって、良い作品になった。



英 山


ゴールデン街の友の写真展に集ひたり酒と肴をギャラリーに持ち込み



評)
寸景を巧く纏めた。ゴールデン街の歌に力を纏めたようだが、いまひとつ、つめ切れなかったのではか。ポイントが巧く絞り込めていない感じがした。その点この歌は良く気持が出ている。


寸言


選歌後記

今月の歌を見て、「テーマ」を意識して歌を作る、ことの重要性を考えた。我々は、いつも、漫然と歌を作っていないか、という点検は常にしたいものだ。一体何を歌いたいのか、をしっかり意識して歌に臨む、ということである。何となく、三十一字に纏めれば、何とかなる、と思わずに、何を歌うのかを、はっきりさせてから、作る、ということである。その後で、どういう表現が良いのかを考える、ということである。ともすればどうすれば、良い表現になるのかに腐心してしまう。戒めなければならないであろう。歌が報告的になってしまうのは、止むを得ない面もあるが、今一度点検して、歌いたい事は何なのかを、常に考えて、推敲しなおす事が、大切な事であると思う。是非、纏めた自分の作品の、一番歌いたい事への点検を何度もすることを勧めたい。


                内田 弘(新アララギ会員)


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