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今月の秀作と選評



 (2008年8月) < *印 新仮名遣い>

倉林美千子(新アララギ選者・編集委員)


秀作



吉井 英雄


せかさるる思ひ募りて参道をゆけばこの身を狭霧が濡らす
境内の杉の大樹の幹に触れ眼(まなこ)閉づれど動悸は止まず
もはや君の命燃え尽きつつありと告げくるメールにひとり泣きたり


評)
「君」の死を悼む一連。連作としての相乗作用が良いと思いましたが、さらに独立した一首として鑑賞しても、立派な心象詠です。初心者ではないかもしれませんが、初稿からの変化はみごとです。「矢立の杉」はこのテーマの中では目立ちすぎるのでやめました。



英 山


山中にバブル期のホテル閉ざされぬ陶器の外壁ひび入りしまま
式挙ぐる人絶えざりし「水の教会」今は閉ざされ蕗生ひ繁る


評)
現場が目に見えるようです。「水の教会」は、人々がそう呼んで栄えたのでしょう。歌の中で生きています。短い間の変化を物語る社会詠ともいえるでしょう。



山本 景天


マンションの窓より見ゆる一寸(いっすん)の東京タワーに妻は喜ぶ
転居して初めて見たり月光(つきかげ)の映し出したる吾が家吾が街


評)
新しい家に移った喜びが溢れています。どうかお幸せに。


佳作



新 緑 *


われ病めば河川清掃に妻の出で草刈りておりその音聞こゆ


評)
「その音聞こゆ」の結句に深い嘆息が表現されました。「町長の父」の作、作者の「父」ですか? 手を擦ってくれた人の父ですか。「町長の父も同病に倒れし」と「」をつけると完全に擦ってくれた人の父となって、良い歌になります。



斎藤 茂


中学生に戻りて楽し「しげ」「のぶ」と呼びあふ今宵五十年ぶり
「しげる・はげる・鼻もげる」とわれをいぢめたる元吉今は調停員か


評)
同窓会の歌は類型が多く、なかなかうまくゆかないのですが、はちきれそうな楽しさがよく表われました。



まりも


友の言葉ひとつに深く眠り得て冬の布団をこの朝は干す


評)
友は何と言ったのでしょう。こころからの安らぎが感じられます。他の歌も悪くはない。一応整っていますが、この一首は群を抜いています。一所懸命歌っているうちにその差がわかるようになるでしょう。



は る *


池に沿い木道行けば吹く風に葦の葉擦れの音湧き起こる


評)
自然詠の良いのが少ない中でとびきりの一首でした。結句の「湧き起こる」が効いています。作者はやがてその快い風に巻き込まれたのでしょう。「沸く」はお湯が沸くときですよ。「梅の実」の歌も良いが、私の申したこと、わかってもらえたのでしょうか。



天井 桃 *


近くにいる人を一様に和ませる我が着音は「ピタゴラスイッチ」



評)
若々しい雰囲気を発散していますね。「望郷」の、の歌も良いですが結句を「配る」と今現在のことにすると、もっと生き生きします。



けいこ *


麻痺消えて夫は院内を歩いている奇跡のようなり新薬治療は



評)
旅立ちの朝とは残念でしたが、どちらにしても麻痺が消えたのはよかったですね。ダリアの歌もおとなしく整っています。気を取り直してもうひと踏ん張りです。



太 田 *


空たかく青葉は風にひるがえりユリノキの道来るバスを見つ



評)
あなたが乗るバスでしょう? 「ユリノキの下に来るバスを待つ」とするとよいでしょう。或いは見ているだけなのかもしれないが一般的な風景としてはあまりに平凡。すべて自らにひきつけること大切です。



仲 山


行きずりの人と化してる施設長あんなに世話になっていたのに



評)
これは施設から出た作者が施設長を懐かしく思う気持なのか恨みに思う気持なのかわかりません。懐かしい人としての独特な上の句が生きるとよいのですが。カレンダーの歌も何かありそうですが、上の句と下の句は、月日が冷たく過ぎると全く同じことをいっているだけなので察しようがありません。失恋でもしましたか?もう一度次回に提出してみてください。


寸言


選歌後記

 初稿よりもずっと良くなったのが判ります。自分で考える力がつくようですね。今回私ははるさんの梅の実の歌で、事実と真実の差をお話したに過ぎません。これからも大事なポイントを一つはお話しようと思っています。だから最終稿で選歌の折にほんの少し添削をしてとりました。一人でも納得してくださればと念じています。
 青木さんのきめ細かな指摘は完璧でした。ではまたお会いしましょう。


          倉林美千子 (新アララギ選者・編集委員)


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