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今月の秀作と選評



 (2008年9月) < *印 新仮名遣い>

小谷 稔(新アララギ選者・編集委員)


秀作



英 山


数多もの人呑み込みし平成新山猛る蒸気はいまも吹き出づ


評)
島原の普賢岳。自然詠といえば美しい風景を詠むものという固定観念は過去のもの。荒い自然の力強さを捕えている。



吉井 秀雄


雨雲の切れて月光差し込めば幾千の木々浮かび上がりぬ


評)
動く映像を見るような鮮明な写象が美しい。都市の公園の林とは違って山ごととらえたスケールの大きさ。



金子 武次郎


高層の一つのビルの屋上に見る間に夕陽の落ちて消えたり



評)
対象に粘り強く無心に迫る態度が良い。夕日は美しいものという先入観では新鮮な歌はできない。



斎藤 茂


われと孫浮き輪に体ゆだねつつ流るる水に乗りてただよふ



評)
水に全身をゆだねたやすらかさ。下句の調べも流れに身をゆだねた快いリズムである。あまい孫歌になっていないのも良い。



市村 恵


味酒の三輪山に早や秋の風聴きつつひとり握り飯食ふ



評)
いろいろ紆余曲折があったが結局ここにすっきりと落ち着いた。名所の予備知識があっても歌には出さない潔さが大切。


佳作



新 緑


突風に雷鳴轟き濡れしまま力のかぎり杖にて堪えぬ




山本 景天


純白のドレスを身につけ嫁ぐ娘が歌うアヴェマリアじつと聴き入る




太 田


モノレ−ル停まりし駅に白き船朝日のなかに泊まりてゐたり




天井 桃


幼き日ビルの高さに怯えいし娘は街で青春謳歌す




さつき


亡き祖母の好みし桔梗の花咲きぬ在りし日のまま凛とむらさきに




はる


炎天のバス待つベンチの半分の日陰に詰めて譲り合いたり




けいこ


にぎり飯携へ夫と久しぶり深き緑のなかを過ぎゆく




まりも


吾が手帳に予定次々書き込みてやうやく体調の戻りし実感



寸言


選歌後記

 今月は「日本語になっていない」というかなりきびしい批評もしましたが、自作を投稿するまえに一度、他人の目で見てください。歌のできた事情を全く知らない人になったつもりで読む。歌だからといって特別な日本語があるのではなく素直な日本語で表現してください。




          小谷 稔 (新アララギ選者・編集委員)



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