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今月の秀作と選評



 (2010年4月) < *印 現代仮名遣い>

大井 力(新アララギ選者・編集委員)


秀作



金子 武次郎 *


ただ一人国民服着ざりし猪野先生おりふし思う七十年経て



評)
古い先生の人柄を偲ぶ心が溢れる。先生は当時の時局に流されまいと必死に堪えた先生であろう。懐かしみ、師を慕う思いがいい。



長 閑 *


昇進の内示を喜び合いて後こもりてしばし黙せる夫か



評)
喜びの歌は難しい。この一首は喜びのあとの沈黙が主体。この難しい時局に向う夫を思いやる歌。妻も共にこの後を無言で考える。



福田 正弘


食の後の今日も日課の四千歩糖尿の身を父母より享けて



評)
食後は誰でも休息したい。しかし作者の身はそれを許さない。遺伝子を呪いながら、またいとおしむ心が切ない。



吉井 秀雄


み柩に納むる祖母にひざまづきま白き足袋を履かせまつりぬ



評)
一連五首どれも順直な嘆きが籠る。祖母は母の分身でもあり、懐かしさの極みであろう。結句に万感の思いが籠っているいい歌。



勝村 幸生


蛔虫の駆除に海人草を今の子等飲まさるるなし農薬野菜に



評)
結句が「消毒野菜に」となっていたが、「農薬野菜に」とした。それがいいと考えた。農薬まみれ野菜が回虫避け、核心を言い得た。


佳作



紅 葉


糸島のわかめ買ひたりけふひとひ一度限りの人との語らひ



評)
結句「限りの人との語らひ」にした。こころの翳りがそこはかとなくでている。一日一回しか人と会話がない。思いの分かる歌。



まりも


さり気なく勧めし詩吟の二年続き夫は張り切る賞状掲げて



評)
初句の「さりげなく」は表現の工夫要。思いはそこに掛かっていようが、思いの奥のものの具象化が欲しい。このままでもいい歌。



石川 順一


電話して会合場所を確かめて結局行かず懇親会に



評)
屈折のある思いがよくでている。ただのお話のようにみえながらこの思いの変化は言葉には言い得ないのであろう。分かる歌。



おれんじビール


泰山木の花自づから宵月に輝きを増す蕾ほぐして



評)
写生の歌が少ないなか、よく自然を見て、丁寧に詠まれていていい。下の句がみどころ。昼間より少し大きく月に照る。



けいこ


斑入りの真赤に咲ける肥後椿一つ落つればまた一つ咲く



評)
これも自然をよく見た歌。下の句がよく視詰められている。滅ぶもの、また咲くもの、を凝視されているいい歌。



太 田


外堀の冬びの水面カルガモの動きてあとに輪のひかり立つ



評)
穏やかな風景であるが、下の句「輪のひかり」をよく見ている。一読してすがすがしい感じがよく出ている。


寸言


選歌後記

どれだけ詠むひとの心に近づけるか選歌は要求される。なにを感じているのか心のままを見るのであるが、作者の感動のなかに真と実がどれだけあるか、作者との格闘でもあると思った。今月も、まだ真剣に歌を作ってくれる人がいる。そういう印象である。

         大井 力(新アララギ選者・編集委員)



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