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今月の秀作と選評



 (2010年6月) < *印 現代仮名遣い>

星野 清(新アララギ選者・編集委員)


秀作



金子 武次郎 *


五十年わが家支えし証しかとその細りたる妻の手を見る
春の雪老いには重く門前の雪かきのみにて力尽きたり


評)
このように歌って、作者の老妻に対する感謝や愛情がこもったものとなった。次の歌もなかなか手堅いが、比べれば前者はるかに魅力あり。



長 閑


初めての給料日までの生活費娘に渡し送り出したり
わがもとを巣立ち行きたり浴室に深紅のシャンプーボトル残して


評)
両首とも具体的なことやものをうまく捉えて、愛娘の結婚に関わる心のこもった歌となっている。



福田 正弘


湯の中に痒きところを掻く至福老いて脛掻く今日の湯船に
葉桜の戦ぎ映れる木下道セーター腰に巻きて歩めり


評)
それぞれ心持ちを感じる、当初から完成度の高い歌だった。



紅 葉


ため息を鏡に向かひ吹きかくる昨日の酒は朝に残りて



評)
深酒をしてしまった翌朝の気分が捉えられている。伸びた鼻毛から始まって、よくここまで発想を転換し歌にすることが出来た。



まりも


完治することは難しかわが鬱の服薬四年目眠りの浅し



評)
作者の思いが充分にくみ取れる。あせらずに、どうぞお大事に。



おれんじピール *


桐壷の巻を諳んじ繰り返す朝食を作る手を止めながら



評)
原作から、この下の句に転換できたことが素晴らしい。


佳作



吉井 秀雄


山中に汗拭ひつつ見上げたる畑支へて積まれし石組み
山肌の狭き畑の石組みは苔生ひて今は砦にも見ゆ
鍬入れし跡のそのまま残りゐて日はひたすらに土を乾かす


評)
見たことを丁寧に捉えようとしているところがよい。最後の歌、ここまでにした執念を買いたい。だが、段畑とか山の畑であることは、この一首だけでは分からない。



金子 武次郎 *


「材木を積んだ車などまず見ない」舗装されし林道に村の人言う
「おんちゃん」と十八のわれに呼びかけし幼も既に古希迎えしか


評)
やや状況報告的、着実ではあるが味わいの点では今ひとつ。



まりも


鮮やかなすがたの野鳥は一瞬に丈高き蓬のかげに消えたり
二十九時間のただならぬ陣痛に生れし子は三十六歳二児の父親


評)
3句以下がよいので採ったが、「鮮やかなすがた」とは? 前回の「鮮やかな野鳥のすがたは…」の方が整っていた。次は、「ただならぬ」は言わずもがな。「二十九時間陣痛続きて生れし…」となどとしたい。



石川 順一 *


すかんぽの天道虫は愛し合う背のデザインの違う二匹が



評)
当初からでは見違えるほどの、品のよいちょっとしゃれた歌となった。



おれんじピール *


一つのみ咲きたるモクレン摘み取りて平たき皿の水に浮かべぬ



評)
ちょっと意気込みすぎているので、「ただ一つ咲くモクレンを」とすると、感じのよい下の句とも調和する。



紅 葉


同僚の酒の誘ひを断りぬ上司に仕事とがめられし夜



評)
うさ晴らしはしたいものの、こんなときこそ自制しようというのであろう。そこに惹かれる。結句に「夜は」と助詞を補いたい。。



勝村 幸生


「死の行軍」思ひつつ行く八甲田山峠は雪の八尺の壁



評)
明治時代の陸軍の雪中行軍の大惨事を念頭に、雪の深さを感じているのだろう。


寸言


選歌後記
同じようなことを毎回述べていますが、今月の歌にふれて感じた留意点を記してみます。

◎何を伝えたいのか
歌を始めたばかりの人でも多年やっている人でも、自分が歌いたいと思ったことは何なのか、何を伝えたいとしているのか、充分に吟味することが大切です。

◎何を手がかりにして伝えるか
歌おうとしていることを、思いのほかいい加減に見ていたことに気づくことがよくあります。対象にとことん向き合って、充分に見、また感じとることが大切になります。

◎どんな言葉で伝えるか
それを言葉にするのです。どのように表現するかでなやんだら、いろいろな言葉をぜひ辞書によって確かめて比較して、最も適切と思う言葉を選んで下さい。

その他、できた歌は声に出して読み返し、声調を整えるなどなど、大事なことはまだまだありますが…。

           星野 清(新アララギ選者・編集委員)



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