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今月の秀作と選評



 (2010年8月) < *印 現代仮名遣い>

吉村 睦人(新アララギ選者・編集委員)


秀作



まりも


どうすれば歌は生まれてくるのだらう思ひあぐねて厨にたてり
小遣ひの四分の一と僅かなれど送金したりユニセフ募金に


評)
一生懸命の歌。「歌は作れるのだらう」でなく「生まれてくるのだらう」のところ、作歌の本質に触れていると思う。作り上げるのでなく、心の中から生まれてくると。二首目も素直な歌です。



長 閑 *


茅の葉は参道脇に干されいて夏越の祓の準備始まる
綿津見の社にわたる潮風に乾きそめたりさみどりの茅


評)
よいところを見ました。素直な着実な目。二首目の下の句、とてもよい句です。


佳作



桜 子 *


引出しの底に「いろは」の型絵染め亡き母の手ぬぐい色褪せぬまま



評)
五首中この歌が一番歌らしくしようとするところが無いのがよいと思います。



金子 武次郎 *


吾が通い子どもが通い孫通う小(ち)さき書店も店を閉ざしぬ



評)
(1)の歌と連作ですが、この方が具体的でよいと思います。



安 藤 *


食事代わが支払いしを咎めたる君をさびしと今日は思えり


評)
五首とも相聞の気配の歌ですが、中でこの歌が最も一途な思いが表わされています。



三橋 友香 *


「ビリーブ」歌うわが口元を見つめつつ少し遅れて口ずさむ祖母



評)
「少し遅れて口ずさむ祖母」がとてもよいと思います。



けいこ


目のかすみ日ごとにしるくなりたれば「今日は閉ぢるよ」パソコンに告ぐ



評)
他の四首は少し事柄叙述的のようです。この歌に一番気持も籠もっています。



石川 順一


大量の小豆の苗を駄目にして新たな苗を構想して居る



評)
没細部的に核心を明確に述べていて、よいと思います。



勝村 幸生


再生を信じてミイラになりたるにガラスケースに見せ物の王



評)
「なりたるに」は「なしたるに」かも知れませんが、そんなに気にしなくとも感じの受け取れる歌です。



紅 葉


週末は手紙を書かむきみの住む町には寄れぬ出張なりき



評)
「書かむ」「なりき」ではテンスが合いません。「出張なれば」としてはどうですか。



吉井 秀雄


石楠花は登るにつれてその蕾閉ざしをり霧の空に向かひて



評)
私も谷川岳に幾度か登りました。それを思い出させてくれます。


寸言


選歌後記

 異常に暑い夏、それ以上に生きてゆくのに様々な苦しみや悩みや怒りを感ぜざるを得ない現在の社会。日本ばかりでなく地球上のあちこちで。
 それらに対応して、それぞれ自分の場面で、「祖母の口元をみつめ」る歌、「ユニセフ募金に」「小遣ひの」「僅か」ながら「送金」する歌、この暑さにへこたれずに「夏越の祓の」「乾きそめた」「茅」を見届ける歌、知り合いの「小さき書店」が閉じていく歌、「大量の」「苗を駄目にして」また「新た」にやり直す「構想」をする歌、「君の住む町に」寄れず出張せねばならないという歌と、この「新アララギ」のホームページに寄せられる歌は、それぞれの生の場面を真摯に作品化していて、感動を覚えずにはおれません。

          吉村 睦人(新アララギ選者・編集委員)



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