作品投稿


今月の秀作と選評



 (2010年9月) < *印 現代仮名遣い>

小谷 稔(新アララギ選者・編集委員)


秀作



金子 武次郎


「有難う」と最後に一言言いたいと願いて来たり叶うだろうか


評)
推敲の過程を見てきましたが結句の「叶うだろうか」と据えたのには感心しました。長生きをして認知症という老化現象に見舞われることがありませんように。



長 閑


高層の足場に立てる夫の写真作業着姿の身につきて見ゆ


評)
あまたある写真からこの写真を選んだ選択眼がよかった。現場で働く姿がさわやか。このように短歌は風景でも人間でも社会でも「選択眼」が大切。選択眼は低いレベルから高いレベルまである。



吉井 秀雄


ホテル街の眩しきネオン遠ざかりみづ田の蛙の声に包まる


評)
都会から車が田園地帯に入った。車の窓を開けて走っているので蛙の声に包まれる。作者のほっとした気息を感じる。都会から田園と言ったがそういう概括的な言葉を使わず、ネオン 蛙の声 という風景の核になるものをとらえたのがよかった。



安 藤


木々を打つ雨音風のうなる中恐れなき身は傘に寄り添う


評)
このHPでは比較的すくない相聞歌である。かなり強い雨風のなかを愛する人と歩いている。「恐れなき身」という表現が作者の心情を凝縮している。「恐れなき身」というのはやすやすと出る言葉ではない。


佳作



石川 順一


汗の雨滴らせつつ草抜けば我の気力の増し来る如し



評)
健康な労働の汗。労働と気力とが調和したこんな時間はそう多くはない。



まりも


仕事増す兆しの無きを寂しめど年末に夫と第九を唄ふか



評)
自営の仕事は順調ではなさそうであるがそれでも第九を夫婦で歌う意志が尊い。



紅 葉


予備校のくらしや慣れしつぎつぎと出さるる皿を平らげる子よ


評)
この予備校の子は。食欲旺盛な男の子であろう。「くらしや慣れし」正しい文語表現ながら古風なので「暮らしに慣れしか」でよい。



桜 子


霧雨の朝の光に煌めきて涼しき道を犬と散歩す



評)
雨がなぜきらめくのか不安があったが霧雨によって首尾よく解決しました。



おれんじビール


蝉を背に付けて歩める老人に「取りましょうか」と声を掛けたり



評)
この蝉は偶然背に止まったのであろう。動きの活発でない老人によく似合っている。



三橋 友香


心配はかけないように言葉選ぶ九十二歳の祖父への手紙



評)
九十二歳の高齢でも言葉にこまやかな感受性があるとは立派です。


寸言


選歌後記

 新アララギの目指すものは大体お分かりかとおもいますが、その主張を表す言葉をいくつか挙げると、写実、リアリズム、生活に立脚、素直な表現、言葉の遊戯性の排除、直接性、観念性の排除、説明でなく描写、材料の羅列でなく一点集中・・・などが一つの目安になるでしょう。そんな点に気をつけて稽古してください。 

          小谷 稔(新アララギ選者・編集委員)



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