作品投稿


今月の秀作と選評



 (2010年10月) < *印 現代仮名遣い>

大井 力(新アララギ選者・編集委員)


秀作



三橋 友香 *


古き村を杖つく祖父に教わりつつ遠回りする祖母の墓まで



評)
連作五首どれも優しい思いに溢れていて心地よい。昨今皆が忘れていた情緒である。病と凌いで待っていた祖父との交情がいい。



金子 武次郎 *


「じいちゃんのいうこと聞く」と膝そろえ夕餉残さず母入院の日に


評)
この歌は祖父からみた孫の歌。その母が入院の日に見せた孫の動作に切ない祖父のこころが滲んでいる。また孫も耐えているのである。



福田 正弘 *


黒インクに姉の書き込みの残りいるアララギ昭和三十四年十月号


評)
今このHPにアララギに関わっていた方の弟さんが参加してくれている。まさしく縁である。歌は絆を呼び感動を呼ぶ無限のもの。



けいこ


夏五ヶ月書き下ろしたる小説に叔母の受難を辿りたどりぬ


評)
作者は小説をネットに発表。無意識に叔母と自分を重ねるのか。現代と過去世との肉親の生き方を比し赤い糸を辿る。叔母は明治の人か。



紅 葉


一缶のビール冷やして夏の夕胴着まとひて稽古に出でぬ


評)
作者は空手か、柔道を習うか、教えるのであろう。仕事を終えて汗を流すのである。爽やかな歌。さっパリとした歌もいい。



石川 順一 *


収穫の小豆千切るを祝えるか交尾にもつるる揚羽蝶来る


評)
収穫の作者も揚羽も自然の中では一体という自然観というか宇宙観があるのであろう。小豆の収穫の喜びがうまく切り取られている。


佳作



まりも


いまだ襁褓とれぬ弟を庇ふらし保育園にて四歳の姉は



評)
四歳の姉が保育園の行動を話すのか。多分作者の幼時体験と重ねていると推察。四歳にして姉弟の心の繋がりを見る把握がいい。



長 閑 *


九階の壁に来たりて鳴く蝉は腹ふりしぼり空気震わす



評)
開け放つ窓より来た蝉が鳴く。腹を振り絞って鳴く壁の蝉を良く見つめている。いのちのはかなさをよく凝視しているのがいい。



吉井 秀雄


今日よりは子の留守続くに思ひ立ち妻待つ家に買ふ柿の種


評)
二人過ごすことをふと思い立ち「柿の種」を買う。作者の思いいれがほのぼのとしていい。平穏の中の情緒もいいものだ。



オレンジ ビール


貝拾ひ投げる我が手の北向かう流星一つ二つ見え初む



評)
夜の海に貝を拾って投げる。流星を待つ。我が手が略せようがこのまま取りたい。結句は「染む」とあったが「初む」である。

選外佳作


安 藤


池に浮くひと葉にかすかな色ありてながれる雲を君と眺める



評)
締め切りに間に会わなかった作だが、作者の努力を多としよう。素直な歌だ。君と共に季節の移りを見る。純な思いがいい。


寸言


選歌後記

このHPの良さは一首の完成に向けての努力を作者と評者が共にすることである。作品の完成度よりもむしろ大切にしたいと思うのである。作者と評者が息遣いを共にしたいと思うのである。
人それぞれに歌の一首一首に発信されて来るものは異なる。異なるが共通のものはそこに籠る思い「人がどう生きるか」という根底そのものである。まさに詠うということはそこにある。詠う対象物が草木であれ人であれ、人そのものであることは言うまでもない。

          大井 力(新アララギ選者・編集委員)



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