作品投稿


今月の秀作と選評



 (2011年4月) < *印 現代仮名遣い>

 大井 力(新アララギ選者・編集委員)


秀作



熊谷 仁美 *


眠たさに意識半ばの授乳済む深夜3時のほの暗き部屋


評)
連作全般に流れている母性と女性(にょしょう)のあやうい相克というか葛藤が潜む歌として私は解した。そこまでは書いていないという意見もあるだろうが次の歌などにその片鱗を見るのである。母性が暗い部屋に息づくのがいい。今までの歌の領域にないものを見るのである。
「むずかりて止まぬわが子を放り置き束の間つまむ二粒のチョコ」この一首は未完としながらも作者が連作中に決定稿に出された思いを受け止める。



吉井 秀雄


渓流に添ふ道も木も笹も絶ゆ砂防ダム築くキャタピラー跡に



評)
壊されてゆく自然を嘆く作者の声が切ない。こうやって人の安全という美名のもとに人は大切なものを失ってゆく。便利を限りなく求めて。



金子 武次郎


また二人赤字に変えて残しゆく名簿ファイルを閉じる歳晩



評)
この種の歌が沢山ある。しかし名簿を消すのではなく、赤字にして残すのである。ここに従来の歌とは違う思いを見る。作者の物故者にたいする優しい思い入れが感じられてじつにいい。



まりも


わが編みし毛糸の襷を腰に巻きし父を棺に収めまつりき



評)
挽歌は難しい。この一首はしかも回想の挽歌。上の句の具体性が只の筋立てではなく叙情として生かし得たと思う。



Heather Heath H


待ち侘びし桜一輪膨らめる庭に顔向け母逝き給う(23.3.9)



評)
原作は桜花一輪であったが上記のように変更して採った。HPに書き込みされている最中の悲しみごとであったがよく最後に投稿された。今のいまの現在の作者のぎりぎりの心境がよく出ている。



紅 葉


百五つ会社回りをしたといふ娘の肩の肉の落ちたり



評)
やや事実につき過ぎる感もするが、これも今の厳しい現実を淡々として述べているのである。親子のそこはかとない心情が汲み取れる。



くりす


こころ病む我が背に灸をすえくるる夫(つま)は夜ごとに煙にむせて



評)
一連の歌から読み取れるものは長い闘病に手を尽くした果てに鍼灸にすがるのであろう。夜毎に夫は煙にむせながらである。かなしくもほほえましい景を想像させる。



安 藤


地下街の階段に射す光見て上がれば雨後の高き青空



評)
ほんの一瞬のこころをよぎる感動であるが、切り取りかたが鮮やかである。


佳作



安達 広介


夢のなき街をくぐりて地下鉄は仄かに青く暮るる地上へ



評)
初句「夢のなき」は街そのものを概念的にしか言えていない。具象性がこういう場面こそ必要なのです。狙いはわかる。惜しい一首。



石川 順一


会社から貰いし姉のチョコレート間接的に私が貰う



評)
間接的に貰うという述べ方に今ひとつであり、「貰う」の重複も避けたい。めぐり巡って私の恩恵が貰えるよという思いと解した。

選外佳作



美 衣


行員の電卓叩く音までも細腕見積もり鈍く響きぬ



評)
再終稿まで持ち込めなかったのは今度の大震災に関わられたのか心配であるが、未完のこの一首、「細腕見積もり鈍く響きぬ」は「おみなの細腕見透かす音す」で実情とあうのか?ご健在ならば再挑戦を期待。とでもすると融資かなにかを受ける情景と推察しての歌となる。


寸言


選歌後記

今回の東北関東大震災の最中にあって被災された方のある中でよく投稿を続けてくれた。再終稿の間に合わなかった方のご無事を祈るのみである。こういう災害に出会うと文学の営みの無力をつくづくと感ずるのであるが、だからこそいま言葉に魂を乗せてこの今の感動、かなしみ、などを残す必要があろう。歴史とは文化を含めてすべての人の営みの流れであろうから。

           大井 力(新アララギ選者・編集委員)



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