作品投稿


今月の秀作と選評



 (2011年5月) < *印 現代仮名遣い>

 内田 弘(新アララギ会員)


秀作



吉井 秀雄


大地揺れ明かり消え去るこの町に子は何処なり妻如何なるか


評)
切迫した心が一気にこの歌を成立させた。今回の大震災の直接的な心情が吐露されていて、歌の強い詠嘆が表現されている。優れている歌だ。



まりも


電力供給を唯一の理由に住民の反対押し切り建てし原発



評)
目に見えない恐怖が現実のものとなった。反対は多くあったが、強引に施策として推進して来た原発、というのも事実である。その危惧が今問われている。そんな経過も踏まえて手際よく纏め、詠われているところが良い。



熊谷 仁美 *


輝ける笑顔でめざめし幼子に日ごと命のよろこびを知る



評)
一気に喜びを詠って新鮮な歌だ。結句はなくても良い表現だが余り気にならない。勢いがあるからだ。
「命のよろこび」と端的に詠ったところが優れている。



金子 武次郎 *


突き上げられ大きく揺られし吾が車ハンドル固く握りて堪えき



評)
臨場感溢れる歌である。今回の地震に対した時の作者の驚愕が「ハンドル固く握りて」に表現されている。抑えた表現だが、緊迫感がひしひしと伝わってくる。



くりす


震災にて行方不明の母よ母何処にいますや我に告げたまへ



評)
この歌も緊迫した心を詠っていて哀切である。「母よ母」と呼びかける思いは読む者に直接訴えかける。表現の巧拙を突き抜けた事実の重みが背景にあって、そこが説得ある表現となった所以である。



Heath H *


骨となりし母を抱きて帰り来るテレビは写す津波襲う町



評)
母を偲んで詠った歌。この歌も思いがストレートに詠われている。特に上の句と下の句の付け合わせが効果的である。母を弔って帰って来た家のテレビが、未曾有の津波の震災を映していると言うのだ、悲しみが一層増して感じられるという歌で優れている。


佳作



石川 順一 *


思い出は薔薇色の化石ある時は漆黒の化石と思う時あり



評)
面白い捉え方の歌。具体的ではないが、時にはこのような詠い方もありうる。「薔薇色」「漆黒」と色で喩え、思い出を化石と捉えたところは、独特といえよう。



まりも


放射能汚染を恐れて日本を去りゆく人らも被害者なりぬ



評)
これも、今回の原発の事故の真実である。さまざまな社会現象を露呈して、いまや日本はただならぬ現実にさらされている。事実を踏まえ冷静に詠っているこの歌もまた説得力がある。



熊谷 仁美 *


初めての育児楽しと夫は言い寝不足つらしとわれは答える



評)
何でもないことをさらりと詠って好感が持てる歌。これも真実である。誰にでも経験のある懐かしい場面でもある。素直な表現が良い。



金子 武次郎 *


やから五人大き津波にさらわれて行方知れずに十日経ちたり



評)
事実をそのまま詠んで重い歌。淡々と詠んでいるが哀切な歌である。今月の作者の一連はたちどころに詠ったのであろうが、完成度は高い。



安 藤 *


折りたたみ傘のひとつは祖母用にと母に頼んで贈ってもらう



評)
この歌は母の日の贈りものに母の母、つまり作者にとって祖母への贈りものも含めて贈った、という微妙な心を手際良く纏めた歌である。



紅 葉


結婚の記念日けふを忘れずにいたよ君にメールを送る



評)
柔かい詠い方で好感が持てる。さりげなくメールで結婚記年日の事を伝える、と言う所が良い。



Heath H


最期とは知らず離れし明け方に眠りてしまいし己を責むる



評)
この歌もなかなか微妙な心を詠っている。「己を責むる」までは言わなくても良いが、あっても余り気にならないのは、事実が重いからでもある。


寸言


選歌後記

 今月は、大震災に題材を採った歌が多かった。いづれも、身の丈にあった歌で、評論的な歌がなかったのには、感心した。歌は評論ではない。真実が人の心を打つ。吉井さん、金子さん、くりすさん、いずれも切迫した状況を冷静に、しかし、切々と詠ったのは短歌の原点を示したことでもある。
 私たちは、等身大の歌からしか真実を詠いこんでいく事は出来ない、と思う。その意味で、今月の投稿歌は意味のある貴重な作品が多く、感動した。
 また、歌の幅を広げる、という意味でも色々と試行錯誤を繰り返して最後は自分だけのものにして行く、という努力も必要だと思った。
 その意味で、石川さん、Hheath さん、まりもさん、安藤さん、熊谷さん、紅葉さん、いずれの人も努力の跡が改稿に見られて頼もしい思いがした。
 これからも、一層の精進をお願いしたい。

             内田 弘(新アララギ会員)



バックナンバー