作品投稿


今月の秀作と選評



 (2011年6月) < *印 現代仮名遣い>

 星野 清(新アララギ選者・編集委員)


秀作



Heather Heath H *


風評など知らぬ少女期ヒロシマを口に出すなと我は言われき
十八年共に参りし奥つ城に母を小箱に抱きて向かう


評)
大震災後、特に原発にかかわり「風評」という言葉が飛び交う。それに触発されて、作者だからこその存在感のある歌だ。(「母に言われき」ならば、なお迫力のある歌になるが。)次作、初稿からの変遷を思うと、この下の句をよくぞここまで磨き上げたと称えたい。今回は集中力の賜と言える一連となった。



熊谷 仁美 *


ボサノバは遠くなりけり子育てはアンパンマンのマーチで明ける
抱っこひもから出でし小さき足をかばい混み合う売り場に大根選ぶ


評)
両首、生活の場面を手際よく捉えている。目の付け所がよい。2首目の3句、字余りにはなるが助詞を加えてここに採った。



吉井 秀雄


穏やかな寝顔と弔問の客は言ふ脱脂綿口に含める母を



評)
客の言葉に対しての、闘病の過程をつぶさに知っている作者の思いは、下の句からよく伝わってくる。



まりも


東北を襲ふ余震の収まらずメタセコイヤは真直ぐ立てり



評)
上の句、下の句の取り合わせには微妙なところがありながらが、作者のメタセコイアに対する思い入れが、ついに実って一首となった。



安 藤  *


パソコンの横の写真立て拭いつつ三年前の自分と語る



評)
最初から、下の句の着眼がよかった。3句、こうした方が締まる。


佳作



くりす


離婚ゆゑ名字も住まひも変へられし吾子よ許せよ母の弱さを
「ママの子でよかつた」といふ吾子からの母の日のカードに胸を熱くす
やけどして泣き叫ぶ子を抱き抱へ外科に走りきエプロンのまま
保育所に預けし帰りに泣きすがる吾子の手決して我を離さず


評)
多年の思いが、存在感のある一連となった。1首目、「吾が子よ許せ」として、秀作ができたと思ったのだが…。(柔い感じの「あこ」の音を嫌う、茂吉、文明の流れに育った筆者は好めない。「よ」「よ」のくり返しもたるんでいる。)



紅 葉 *


自分から電話をかける気になれずただ待った子の試験の結果
街路樹が辛夷の木とは知らざりし淡き香りの白き花咲く
カーテンに薄日の射して明ける朝きみの寝息にしばしまどろむ
さっきまでともに過ごしたこの部屋にきみの残した一口ようかん


評)
推敲の努力もあって、それぞれがある感じを捉えた歌となった。1首目の結句、つまった感じがあったので手を入れた。今後は、一層焦点化して歌うことに努められるとよい。



熊谷 仁美 *


冷蔵庫の中身とチラシをチェックして献立三品ぴたりと決まる
津波からひと月過ぎなお孫を探すじいじのニュースを子を抱き見る
ありふれた実は幸福な日々だったと震災前を語る青年


評)
手際よく歌われているが、秀作と比べれば、こちらは他の人でもおよそ歌える。そこが違う。



まりも


久々にゴルフに出かけし夫の留守手持ち無沙汰は思ひもよらず
夫と吾こころを曝すこともなく三十五年目日々静かなり


評)
それぞれに思いをうまく表している。秀作の方には、より味がある。



Heather Heath H *


生ぬるき小雨降る中食細る母の忌むカラス鳴きやまぬなり
大震災語ることすら躊躇わる遠くにて募金のみせし我が


評)
初稿に比べて、こちらもずいぶんと磨かれた。



吉井 秀雄


吾を起こす妻の声少し硬くして母の死にたることを悟りぬ
子や孫ら柩の蓋を持ちて泣く眼を閉ぢてその声を聞く


評)
一応歌えているが秀作に比べれば、思いのこもり方が足りない。



なの  *


デジカメのレンズを通しわが眼木々の間の緑に躍る



評)
着眼がよい。



安 藤 *


鶯の声で目覚める日曜日口真似しつつ窓から覗く



評)
軽いが、気分はよくわかる。


寸言


選歌後記

 推敲のための時間

今回、自分の歌を自分で見定めるためには時間が必要なことを言った。それを述べていて、アララギ時代の、思い出したことを以下に記す。
夏期歌会という、年一回の全国歌会があった。その席でのこと。アララギの有力な選者の小暮政次さんの言である。
要旨は、「皆さんは書いて直ぐ出すからダメなんだ。2、3日はあたためてから…云々」。
周辺からは、「私達は、もっと前から考えているのに…。」との声。
私はその時、小暮さん位の大物ならば、そのぐらいの時間で足りるのだ、と悟った。
未だにそうは、なれないが…。

         星野 清(新アララギ選者・編集委員)



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