佳作 |
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○
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波 浪
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寝台車にて運ばれて来つオペ室の白きマスクの人らの中に
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評)
緊迫するご自身の体験が、印象的に描かれた。こんな時には、冷静さも兼ね備えるものか。次の歌には「カテーテルが冠動脈に届きぬと告げらるれどわれには衝撃もなし」
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○
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金子 武次郎 *
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日に三度百十五段の階段を膝庇い上る八十(やそじ)を超えて |
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評)
食事の度毎に、敢えて階段を使われるのであろう。歩くこと
学ぶこと、積極的に貫いておられる。次の歌も。「年取りて読まんと思いし本並ぶ書棚の整理は老いの手に余る」
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○
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Heather Heath H *
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母逝きて冷たき部屋にも来る年の暦を下げぬいつもの柱に |
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評)
受ける感覚そのままに「冷たき部屋」と表現した。「いつもの柱に」という抑えた結句が効果的。次の歌もよい。 「キャロル歌い花持ちて帰る地下道に新聞紙敷き眠る人あり」
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○
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星 雲
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酒飲まず打たず買はずの人生をさみしとふと思ふ七十八歳
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評)
率直なつぶやきに、引き寄せられる。次の歌にも、生活の一場面が、ごく自然に表現されていよう。「缶ビールを妻の持ち来て小さなる今日の諍ひ収めむとする」 |
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○
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紅 葉
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乗り合はすをさなの様を眺めをりもみぢの中を走るトロッコに
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評)
紅葉の時を、せっかく乗ったトロッコなのに、目がゆくのは幼子の様にばかり。作者の年齢にも自ずから想像が及ぶ、やわらかな詠みぶりである。 |
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○
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もみぢ
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夕闇の西空に白き輪郭の浮かびいつしかに金の三日月
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評)
身近な自然を詠まれた三首、それぞれに丁寧な詠みぶり。「白き輪郭」が、ふと気づくと、はっとするほど変化していて。結句の「金の三日月」が印象的。
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○
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岩田 勇
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雪嶺の日の出に光るを観んとして零下三度の屋上に立つ
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評)
きびきびした詠みぶりである。新しい年を迎えたこの時期に、ふさわしい歌。他の二首には、周囲の人への細やかなこころが感じられる。
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○
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山木戸 多果志
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鶴見川ただ悠然と流れゆく張り詰めし我が心静めて
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評)
「鶴見川」という固有名詞が、この歌を支えていよう。もともとは、ゆったりとした詠みぶりの作者のようだ。核になる部分をどう取り入れて詠むか、今後に期待したい。
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○
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石川 順一 *
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一匹の蟻が出窓の床を這い夜更けの我は独りの世界
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評)
「一匹の蟻」の動きが、微妙に下の句へとつながっている。外を歩いてみる、手仕事をしてみる、など体を動かしてみる中から、少しずつこころも動いてゆかれることであろう。
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