作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2012年5月) < *印 新仮名遣い>

 大窪 和子(新アララギ会員)


秀作



山根 沖


観光客のざわめきのなか別れ住む少年とふたり蕎麦啜りをり
空き瓶に挿されし菜花誰もゐぬ厨に小さき光を零す


評)
非日常的な場所で、本来ならば一緒に暮らす筈の少年と逢い蕎麦を啜る。その背後にある一つの現実が心にひびく。無駄のない坦々とした読み振りもいい。二首目はふと日常の中に見つけたやさしい情景がうまく掬いとられた。



波 浪


今朝も妻がスキンシップとわれを抱きしばらく痛む胸の辺りが
いつまでも気は若いよとわが言へば看護師は言ふ妻に恋せよと


評)
ある程度年齢を重ねた夫婦のあり様が率直に表出されていて魅力がある。上の句が新鮮、それを受ける下の句にまた味わいがある。二首目も看護師とのやりとりに現実感がある。



な の


歩み来る人の流れに戻されて迷いの心ふたたび兆す
坂の上のガラスの壁の浮雲は風に吹かれて空に消えたり


評)
微妙な心の動きが無理のない言葉でうまく表現された。二首目は少し淡いが、街で見かけた一瞬の風景を抒情的にとらえている。二首ともに作者らしい感覚が読み取れる。



野波 洋子


車窓から飛び出るように棄てられた私の町の情報雑誌
三月をめくり忘れたカレンダー駆け抜けた日を今ちぎり取る


評)
「飛び出るように」の主語は情報雑誌で、いわゆる擬人法だが、これがよく利いている。作者のドキッとした一瞬の痛みが巧まずに表現された。二首目、活動的な忙しい日々が想像され、下の句の表現に独自性がある。



ゆの字


脱ぎ捨てた青いパジャマに怪獣を泳がせ遊ぶつかのまの海
原発に勤める親を持つ子らを思えば無知な批判は出来ぬ


評)
幼い男の子の振る舞いが鮮明に浮かんできて楽しくなる。成長する子供のその時々の姿をこのように率直に捉えていけたらいい。二首目は子を持つ親としての思索的、内省的な歌で、大いに共感できる。



Heather Heath H


編みかけの水色毛糸のドイリーを籠に残して母は逝きたり
隣り家と僅かなる敷地境界線争うも愚か譲るも物憂し


評)
しみじみと母を偲ぶ歌。さびしさのなかに美しさも感じられる。二首目は、難しい世間との折り合いに悩む作者の現実がうまくまとめられている。下の句が巧みだ。



文 香


リスキーと評されし未来に歩み出づ覚悟と怖れを自分に問いつつ
春の雲低くたなびく宍道湖の夕日を指して飛行機の飛ぶ


評)
作者の若々しい姿を彷彿させる歌。くっきりした意志が表出され、読む者をさわやかな気分にさせる。二首目は広がりのある叙景歌。「夕日を指して」が捉えどころ。


佳作



もみぢ


桜木の花に飛び交ひ蜜を吸ふメジロ狙ひてシャッターを切る



評)
桜の美しさを詠むのはマンネリに陥りやすいが、この歌はメジロの動きによって満開の桜を想像させ、生き生きとした歌になった。結句も決まり!



星 雲


われの強き猜疑心にて傷つけし妻がやうやく口利きくれぬ



評)
改めて読んで「強き」が気になった。「われの抱く・・」くらいの方が落ち着いた歌になると思う。作者の気持が素直に伝わる歌である。



山木戸 多果志


また行こう運河に沿った遊歩道心惹かれる森の図書館



評)
読者にも、ふと憧れを抱かせる歌。この作品は初めからうまくまとまっていたが、「梅の花やうやく咲けり・・」の歌もポイントが定まってきた。



古賀 一弘


母の日にふと思い出す下痢止めの「現の証拠」のあの苦き味



評)
母の思い出と「現の証拠」、ほろ苦い幼い日がうまく捉えられた。甲子園の歌も少し軽いが捨てがたい一首。



金子 武次郎


冬日射す居間に茶を入れ朝刊を広げて始まる老いの一日は



評)
落ち着いた自適の一首。これはこれでいいと思う。朝毎に広げる新聞の中にも詠いたい題材が見つかるかもしれない。



紅 葉


しばらくは逢ふことのなき黒髪をながめて居たし夜の尽くるまで



評)
結句「夜の飽きるまで」となっていたが「尽くるまで」として掲載した。素直な相聞歌である。他の二首をもう少し頑張って完成させてほしかった。



岩田 勇


入学まで手持無沙汰かK君は通学用の自転車を磨く



評)
「K君」は「少年」としては?その方が歌が作者に近づく。通学用の自転車を磨いて入学する日を待っている少年。感じのいい歌。他の二首、未完成なのが惜しい。



石川 順一


快速で家に帰れば泡を出す準備運動缶にさせたり



評)
準備運動ってビール缶を振るの? 泡が出すぎてどうもならないのでは?面白い感覚、風変わりな表現だか、歌を作り続けているうちに個性的な何かが掴めるのではないだろうか。その時に期待!


寸言


選歌後記

 短歌が生まれるのはどういう時だろうか。心の中にさまざまな思いが溢れるように満ちているとき、ちょっとした外界からの刺激に感応して歌は生まれるように思う。だからいつも、自分を取り巻く現実を柔軟に受け止め、思いを膨らませていることが大切ではないだろうか。
 今月の投稿歌はそれぞれに個性的で躍動感のある作品が多かった。コメントしながら楽しく、また勉強になった。

          大窪 和子(新アララギ会員)



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