作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2012年6月) < *印 新仮名遣い>

 小田 利文(新アララギ会員)


秀作



金子 武次郎


ひたすらに勤め来しかを吾(あ)に問いて五十八年の職場を去らむ


評)
58年間勤務された職場を去るに際しての感慨。重い内容だが、それを感じさせないのはこのホームページで継続して学んで来られた成果と思われる。上句に作者の誠実な人間性が表れている。



波 浪


最下段の抽斗を使ひをりたりと亡き犬の櫛見つつかなしむ



評)
「最下段の抽斗」「犬の櫛」という具体的な言葉が有効に働き、感動できる作品となっている。



ゆの字 *


絶対にくすぐらないでと言いし子が笑い顔にて首に抱きつく



評)
母子の日常の一瞬が良く描かれており、思わず微笑んでしまう作品である。「吾に抱きつく」ではなく、「首に抱きつく」と表現し得たことを評価したい。「呼び交わす声の消えゆく寂しさを博物館のドードーに思う」も惹かれる一首。



文 香


スケジュール確かめ笑顔を作りつつエレベーター出づ朝の職場に



評)
働く作者の姿が良く出ている。ここには描かれていない朝の職場の騒めきまで聞こえてきそうだ。



Heather Heath H


独活の皮剥けば渋き香立ち上る酢味噌に和えんか母を偲びて



評)
上句が具体的かつ洗練されており、良い意味で力の抜けた下句と合わせて、魅力的な作品となっている。



な の


そうだった五月ようやくふるさとの山は芽吹きて紫に煙る



評)
「そうだった」という出だしについては賛否あろうが、私はこの作者らしさがここに表れており、良いと思った。「山は芽吹きて」と詠み得たことも評価したい。「雨あとの緑連なる散歩道射し込む光にわが影も揺らぐ」も改稿作「雨上がり緑連なる公園の射し込む光にわが影も揺らぐ」からぐっと良くなった。「黙々と箸を動かすただひとり怒鳴らぬように叫ばぬように」は、「黙々と吾がひとり箸を動かしぬ」とでもすれば、一首の流れは多少良くなろうか。


佳作



もみぢ


潮騒の音のみ響く暗き海宿の灯かげに白波浮かぶ



評)
難しい対象に果敢にチャレンジされての作品。下句の把握が良い。欲を言えば、「潮騒の響く夜更けを折りおりに白波は〜」とでもすれば、全体の名詞の数を減らしたり、「海」に関する表現を「潮騒」「白波」の2つに絞ることも可能であろう。最終稿に提出された他の二首も、丁寧な写実による作品で好感が持てる。



星 雲


「セーターに合ひますか」とチョッキを持ちて來る漸く機嫌の直りし妻が



評)
「諍ひに昂ぶり来れば妻もわれも国の訛りの出るに任せぬ」も良いが、こちらの方が情景が生き生と伝わってきて、ほほえましく感じられる歌となった。



山根 沖


七度目の入院となる幼子はあはれ注射に泣くこともせず



評)
幼子にとって七度目の入院というのは本人はもちろん、親にとってつらいことだろう。「注射に泣くことも」しなくなったことへの作者の複雑な思いが良く表れている。



古賀 一弘


花電車どんたく囃子に思ひ出す幼き頃の胸の高鳴り



評)
初稿は「少年の夢は電車の運転手博多どんたく花電車行く」で、お孫さんを対象に詠まれたものと受け取ったが、最終稿では作者ご自身の少年時代を今の光景に寄せて詠まれたものということが、よくわかる。ほのぼのとした雰囲気を持つ作品である。



紅 葉


骨盤をめがけて押せばアメリカンスピンになってジルバに揺れる



評)
「とりたてて大き行事のなき今日か朝のホームに雨を眺める」も勤労者としての作者の日常が詠まれており、良い歌だが、作者の独自性がより強く表れているこちらの作品の方を推したい。



岩田 勇


雨上がりの街見渡せば朝の日に積み木のようなビル間近なる



評)
初稿、改稿1と経て、とてもすっきりと整った作品となった。「積み木のような」という比喩自体は珍しくはないが、「朝の日に積み木のようなビル間近なる」という描写の中で生きた。



山木戸 多果志


満開のつつじの花に誘われて新緑となりし里山歩く



評)
素直な詠み方で好感が持てる。作者の他の二首に比べ、風景や作者の動作が具体的に表れているところがこの作品の良さとなっている。



石川 順一


シークァーサーに花が付きしと母よりの報告とてもうれしそうなり



評)
初稿「この頃はシークァーサーに花が付き母の報告うれしそうなり」から随分整った作品となった。「抜かれ居し草たち枯れて根を並べ絶対的に回想させる」は下句が惜しい。もう少しご自分に引きつけた、より具体的な表現を心がけることが、読者の共感を呼ぶ作品につながる。


寸言


ここに選んだ作品を読み返してみると、それぞれの人生や日常、感性が詰まっていて、秀作・佳作の別に関わらす作者その人と向き合っているような気持ちにされられます。改めて短歌の素晴らしさを学ばしていただけたひと月でした。6月の皆さまのご健闘を期待しています。

          小田 利文(新アララギ会員)



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