作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2013年8月) < *印 新仮名遣い>

青木 道枝(新アララギ会員)



秀作



ハワイアロハ


ハワイへと私の帰る日付け見て「あと三日か」と父のつぶやく


評)
楽しい時間はすぐ過ぎ、共に居られるのはあと僅か。父のつぶやきは、作者の胸の痛みでもあったに違いない。



蒲公英


青草の裾野広がるマウナロア草吹き分けて突風走る


評)
マウナロア山を、大きな視点でのびやかに詠まれた。激しい雨の音を聞きながら、ふるさと日本を恋う歌も印象的。



茫 々


目つむりてベンチに坐れば聞こえくる幼子と老婦人のはなしゐるこゑ


評)
寂しい程ゆったりした時の中で、聞こえてくるもの見えてくるもの。受けとめる作者のこころがあって生まれた歌。



時雨紫 *


わが母の記憶にありて語らるるは「グランマ」と呼びくれし巻毛のおさなご


評)
いつまでも記憶にみずみずしい幼子の姿。深い愛が注がれていたのだ。「初孫」まで言わずに、下の句を抑えてみた。



紅 葉 *


一日をからだ動かすみずからに思い出すひま与えぬように


評)
仕事のストレスの中にあって、人を、自分を客観視しようとする思いを忘れない作者。さらりと詠まれた一首。


佳作



波 浪


心電図の良かりし妻が映画観に友と行くなりわれは見送る


評)
心配から解放されて、外出を楽しむ妻。結句の淡々とした表現には、共によろこぶ作者の深い視線が感じられる。



きよし *


勉強がしたいと言う子の一人増し八つ有る席笑顔で埋まる



評)
元気な笑顔が並んでいるのだ。読み手の私たちまで嬉しくなってしまう。下の句の言葉一つ一つが弾んでいる。



くるまえび *


愛らしき紙塑人形に見惚れおり歌の道極めし鹿児島寿蔵の作



評)
人形づくりも歌の道も一流であった。「見惚れおり」を省いて、人形の様子が具体的に描写されると更によいと思う。



Heather Heath H


乗り慣れぬ都電ラッシュの凄まじさ圧されし胸が夜半に痛みくる



評)
上の句がやや説明調だが、下の句の実感の表現により、引き締まった。初稿にあった「初参加」の歌も印象深い。



まなみ


父逝きて十五年経つ書斎には唯に広がれり六枚の畳



評)
父の姿が今もありありと目に浮かぶ部屋なのだ。畳のみの空間が、胸に痛い。「伊勢弁」の歌にも惹かれる。



金子 武次郎


老い人の切れるを咎むることなかれ生きる意欲の証にあらずや



評)
「切れる」という現代の言葉が内容を強めた。老い人の姿には、常に前向きの作者自身も重なっているのであろう。



栄 藤


落雷に打たれしパソコン直り来ぬ己が病の癒えたる思ひ



評)
パソコンが如何に身近な存在であるか、下の句には実感がある。揺らぐ心が表現された他の二首も、忘れがたい。



もみぢ


灰汁染みし指を眺めつつ蕗を食むこの苦味よし夕餉に添へむ



評)
日常の中にあって、ていねいに柔軟に生きている作者であろう。自分で自分に語りかける下の句に惹かれる。



石川 順一


蜘蛛の巣が顔や手に付き早朝にチラシ配布を完了したり



評)
労働から生まれる表現はいいな、と思う。言葉のながれが自然である。「コーヒー」の歌も、この夏にふさわしい。


寸言


 毎日の変わることもないような日々の中から、ある一瞬が言葉をもって刻まれました。この歌が、さらに作者自身をより高いところへ導いてくれますように。「自分の感じ方」と呼べるものを大切にすることができますように。

 ハワイからのご投稿も増え、良い輪が広がっています。また、このコーナーをきっかけに「新アララギ」にすてきな仲間が増えつつあることは、大きな喜びです。

青木 道枝(新アララギ会員)



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