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今月の秀歌と選評



 (2014年6月) < *印 新仮名遣い>

内田 弘(新アララギ会員)



秀作



スララ *


我が犬の病めばその背をさすりつつ寝息聴きつつ窓白みゆく


評)
愛する犬が病んだ。わが子が病んだ時と同じように必死に看病する。そして朝になった、というのだ。必死な思いが出ていて良い歌だ。



文 香 *


TODOリストの埋まらず仕事終える日も夕日は輝きゆっくりと沈む


評)
夕日と仕事の進み具合が巧くマッチして新鮮な職場詠となった。こういう対比は言わずもがなの情感を醸し出す。



ハワイアロハ *


日に焼けた肌に水滴光らせて子らまた飛び込む夕焼けの海


評)
情景が生き生きと詠われている。美しい夕焼けの海、そこへ次々飛び込む子どもたち、その肌は焼けてきらきら輝いている。巧く纏めて印象的な歌である。



菫 *


ドア開けた隙にトカゲの入り込み我の悲鳴に壁を走れる


評)
トカゲが入り込んできた驚きの一瞬を手際良く纏めて不思議な緊張感を表現した。このような歌もあっても良い。その意味で特徴が現れている。



まなみ *


Jの字にぶら下がりたるイモムシは揺れて端から変身始めぬ


評)
面白い歌だ。題材が新鮮だ。じっとイモムシの変身を見ながら動かずにいる作者が想像されて、なかなか面白い歌になった。このような題材も歌になるのだ。



金子 武次郎 *


物価下がり年金増えて目を覚ますエイプリルフールのあさ目薬を差す


評)
まさにエイプリルフールだ。しかし、この歌、結構今の世の矛盾を揶揄している。そこが面白い。覚めてしまえば消費増税なのだ。だから、目薬を差す。なかなか面白い歌だ。


佳作



時雨紫 *


「虫食い」の穴を数えて勇み立ち大葉見据えて「虫取り」に挑む


評)
大葉を食い尽くす虫に負けじと立ち向かう作者の姿が自然に詠われていてなかなか面白い。



ハナキリン *


スーパーにカゴの天辺を白き卵割らないようにステップ踏んでゆく


評)
買い物をするときに割れないように卵はカゴの天辺に入れてそろそろとステップを踏む。何気ない日常だが歌にすると感じが出る。



紅 葉 *


コンビニのサラダは塩がききすぎて泣きつつ食らう決算の夜


評)
残業をしても決算の日には間に合わせなければならない。コンビニのサラダは味が濃い。仕事のしんどさと夜食の味の不味さが相まって泣く、と素直に詠った所が良い。



茫 々


昨夜(よべ)酔ひし北の新地の「BAR於母影」真昼の光に白々淋し


評)
酔うと生き生きと見える盛り場、北の新地ならば尚更であろう。しかし真昼は白々しい。それが何か淋しいのだ。人生の悲哀までも感じられるようだ。



くるまえび *


日は射せど音もなく降る通り雨バニヤンツリーを濡らし濡らして



評)
日照り雨の様子を巧く纏めている。バニヤンツリーも効果的だ。下の句のリフレーンがこの歌をリズム感溢れるものとしている。



栄 藤


何時の間に咲きし桜か遠山の山肌白き斑となりぬ


評)
桜はさまざまに詠われるが山肌の斑に目を向けたのは手柄である。印象的な纏め方だ。



波 浪


潤ひの失せたる指の馬鹿野郎又してもああビス取り落とす



評)
思い切った表現が成功している。自嘲気味な歌い方だが、何か哀しい自分を写し出していてる。指に着目しているのが面白い。



雲 秋


春あさき山路を行けば陽だまりにキクザキイチゲの咲きて震へる



評)
結句「咲きて震へる」が優れている。陽だまりのキクザキイチゲの特徴がよく捉えられている。



石川 順一


アリマキの脱皮の殻が大量に葉を灰色に汚して居りぬ



評)
脱皮の殻に着目してして詠ったところが面白い。しかも灰色になって葉を駄目にしているのを嘆いているのだ。



寸言


 題材を見付ける努力を拡大していくと、普段では思いつかなかったことで面白い歌が出来上がる。短歌で詠えない題材はないとは言われるものの自ずから詠えない題材を無意識に避けて通る事がある。しかし、じっくり見たり、感じたりすることで題材が広がっていくこともある。今月はみなさんの歌の中にそれを見つけることが出来た。「アリマキ」や「トカゲ」や「虫」などを題材に取り入れている歌があった。私たちは普段から、身の回りの意外な所の題材にも注意深く見つめ直していきたいものだ。

〜内田 弘 (新アララギ会員)



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