作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2015年1月) < *印 新仮名遣い>

青木 道枝(HP運営委員)



秀作



ハナキリン *


夜を徹し窓は明るく作業着の人らの声ひびき明日は店開き
十五度の礼の深さも身につきて新しき店に客迎えんとす


評)
1首目。きびきびと働く人ら、緊張感をもって迎える店開き。自分の体験だからこそ、この弾むリズムが生まれた。



紅 葉 *


さすひとの一人見ゆれば躊躇いの消えて開きぬポケットの傘
「やるべき」とみずから言ひし月曜の朝の会議が重荷となりぬ


評)
1首目。ああ、こういう感じって私にもあるなあ―と思わせる歌。ふとした心の内を捉えて、さらりと詠んだ。



金子 武次郎*


また一人吾より若き友逝きぬ研究一筋の生涯なりき
ひたすらに学に励みし汝は逝きぬ激論交しし日々の懐かし


評)
2首目。互いに学に励みつつ激論を交した友。死を悼む思いは、作者自身のひたむきな日々への懐古に重なる。


佳作



時雨紫 *


さまざまの思いの中に書き終えぬ君への返歌を同窓会誌に


評)
「思いがけず風の便りに知りし君の最期の御歌に心えぐられつ」に続く歌。歳月を経ての熱い心を歌に託す。



ハワイアロハ *


十二月の光ひとすじ射し入りてポインセチアは赤く燃え立つ



評)
ひとすじの光が、花の色をさらに鮮やかに変える。一瞬の変化をとらえて簡潔に表現し、印象的な歌になった。



くるまえび *


手術終わり麻酔きれしかモニターのリズミカルなる音のみ聞こゆ


評)
手術を受けられ覚醒する過程に、まず聞こえてきた音。「モンキーポッド」の樹に架かる虹の歌も心に残っている。



石川 順一 *


ミニトマトは夏秋冬と実り続く葉の枯れ茎の茶色となりても


評)
上の句では大きくとらえ、下の句では粘るように丁寧な描写を重ねた。実直な詠みぶりで他の二首もよいと思った。



波 浪


子を持たぬゆゑに呼び名に困るらし妻はわれを「うちとこ」と言ふ



評)
上の句は説明調であるが必要なところであろう。下の句になり砕けた温かい情感へと導かれ、何か微笑ましい。



松 本


垣越しに乱れて咲けるは小菊のみ花のなくなりしわが散歩道



評)
取り立てて見る物も無くなってしまったいつもの道。「乱れて咲ける小菊」一つを捉えて、こころを揺する歌となった。



もみじ *


誕生日まぢかに届きし保険証「後期高齢者」と烙印のごと



評)
日常に訪れた変化。こういう呼び方を初めて身に受けた時、ぎくりとするであろう。その感じを「烙印」と表現した。



秋島 直哉 *


列島は打たれ削られ火を被り忍ぶわれらの自画像かとも



評)
災害が、思わぬ形で次々に襲った昨今。「打たれ・・・被り」と畳み掛ける口調が、下の句の不安感を強める。 



鈴木 政明 *


紅のもみじ葉通し太陽を覗き見しても眩しからざり



評)
このように柔らかく素直に表現されると、小さな発見からもみずみずしい心の動きが感じられ、魅力となる。



小島 夢子 *


この思い今すぐ走れ三千里コンピューターに返事をたまえよ



評)
パソコンに向かって今か今かと返事を待つ作者。手紙や電話とは異なる感覚なのであろう。歌の口調が軽やか。



栄 藤


事故死せし君に貰ひし無花果の残る一つがいまわが膳に



評)
突然の友の死。その連作の中にあって最も引かれた歌である。抑えた表現が、深い余韻を生んだように思う。



寸言


 久しぶりにお会いする投稿者の方々、その熱心さとマナーの良さに私も気持ちよく対応させていただくことができました。写生の歌を詠まれて実力をつけてこられたお一人もおられ、嬉しかったです。
 身の回りの自然をよく見る、時には大きな自然の中をゆっくり歩いてみる――見たまま感じるままを丁寧に写しとった歌は、自分の世界を広げてくれます。自分の思いにばかり固執せずに、思いがけない自分へ、静けさや深さへと運んでくれる歌も生まれるように思います。

(新アララギ会員 青木 道枝)



バックナンバー