作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2015年5月) < *印 新仮名遣い>

小田 利文(新アララギ会員)



秀作



笹山 央 *


新作の着尺一反の伸子張り花影を背に進めゆきたり



評)
織物の新作を創り出していく様子が活き活きと詠まれており、独自性がある。「今日もまた伸子張りせん花散らす風吹く中に難儀するとも」とともに、作品に勢いがあり、読者を引きつける魅力をもった作品となった。



金子 武次郎 *


来るものが遂に来たかという思い八十超えての癌の告知に



評)
最終稿一首目の淡々と担当医師は告げにけり「組織に癌が見つかりました」 とともに、大変重い内容を淡々と詠みながら、インパクトを持つ作品に仕上げている。どちらも良い出来であるが、作者の思いがより強く感じられた掲載作の方を秀作とした。



夢 子 *


アイロンをかけたい君のワイシャツもクリーニング屋行きの袋に収めぬ



評)
作者の生活が活き活きと詠まれており、下句の字余りも気にはならない。「手洗いをする暇を惜しみて大好きなブラウスさえも洗濯機に投げ入れたり」も良い出来だが、秀作とした作品に比べると、完成一歩手前の感がある。例えば「手洗いの暇(いとま)のなくて洗濯機に〜」といった形にすれば、もう少し落ち着くかもしれない。「添削して頂くのが楽しみでワクワクと投稿」された思いをこれからもどうぞ大切に。



ハナキリン *


遠き日に甥と親しみし「ぐりとぐら」切手のシートを眺めて飽かず



評)
記念切手というささやかな題材をもとに、甥との大切な思い出を詠み読者の共感を生む作品に仕上げることができた。初稿の 遠き日に甥親しみし「ぐりとぐら」の切手を貼りて手紙送らん と比べ大きな変更点はないものの、最終稿ではリズムがより整い完成度が高まった。「散る頃はあだ名を呼びあう友となれ桜の下ゆくランドセルの子ら」も魅力がある。


佳作



ハワイアロハ *


右足の爪が自分で切れる日を思いて今日のリハビリを終える


評)
初稿の「右足の爪が自分で切れる日を思いてこなす今日のリハビリ」から良くまとまっていたが、最終稿では下句のリズムの単調さが解消され、作者の真摯な思いが読者に良く伝わる作品に仕上がっている。「ゆっくりと日々の過ぎゆく療養に残る薬を何度も数える」も、療養の日々を力むことなく詠み、完成度が高い。



栄 藤


妻の胃の生検結果待つ日々は常なる小さきいさかひもなし



評)
初めから完成された作品であり、初稿のままであるが、最終稿三首の中でも最も優れている。下句の「常なる小さきいさかひもなし」は作者の工夫されたところであろう。「胃カメラの結果告げむと妻は手を横に振るのみ言葉の出でず」も、感情を抑えて妻君(つまぎみ)の様子が詠まれており、共感できる作品である。



紅 葉 *


もくもくと今にも動き出しそうなミモザの黄に春が勢う



評)
初稿「もくもくと今にも動き出しそうなミモザの黄は春の勢い」から結句を少し変えただけだが、春の樹木の勢いがより感じられるようになった。 「かんざしに似合うでしょう」と髪寄せてきみはおどけるキブシ手にして も華やぎが感じられて良い。



波 浪 *


わが経たる道をたどりて来し妻の七十六歳若々しく見ゆ



評)
「わが経たる道」は米寿の作者が否応なく辿って来られた老化の過程であろうか。それにしても七十六歳の妻君(つまぎみ)は若々しく見えるという、大変喜ばしい歌である。 「元気だね」「若いですね」と煽てられいつしか米寿の翁となりぬ も明るくほのぼのとした一首で、好感が持てる。



鈴木 政明


側面にバイクを受けて大破せし車を囲む人の輪解けず



評)
作者の近隣で起こった、日中の交通事故を捉えた三首連作中の一首。三首いずれも緊迫感のある作品で良くまとまっているが、その中でもこの作品は光景を的確に捉えて、それを言葉で表すことに成功している。



石川 順一 *


レントゲン写真を撮って帰り行く黄昏になりし頃を楽しむ


評)
最終稿三首の中ではこの歌が一番素直に詠まれており、共感を覚えた。例えば「レントゲン写真を撮りて帰り行く黄昏の時となりたる街を」等と三句で一旦切るようにすれば、メリハリが出てさらに読みやすくなるように思われる。なお、石川さんのコメント【9141】には、最終稿に選ばなかった二首「露草を探して歩みし秋の日を思ひ出させる地べたの蜻蛉」「整頓され掃除をされて畳らは擦り切れて居る変へられて居る」もあるが、もう少し推敲の時間があればと惜しまれる程の出来である。むしろこういった細やかな視点を持った作品を大切にしていただければと思う。

参考(締切日後の投稿)




くるまえび *


車海老の養殖業より身を引きてやり残したる仕事を思う


評)
作者が従事しておられた仕事を詠んで説得力がある。「やり残したる仕事を思う」はさりげない表現でありながら、大げさな言い方よりも却って訴える力を持っている。「犬たちにもルールあるらし幼きは餌を食べるも順番を待つ」も作者の細かな観察が生きた佳作である。


寸言


 仕事や闘病生活、身辺のささやかな出来事や自然の観察、日常生活で出会った光景など、いずれも丁寧に詠んだ作品が揃った。アララギ会員の作品に限らず、この「今月の秀作と選評」もまた、ホームページが目指す「写実的な短歌」を感じ取っていただける内容となっていることは、嬉しい限りである。

小田 利文(新アララギ会員)



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