作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2015年12月) < *印 現代仮名遣い>

小田 利文(HP運営委員)



秀作



まなみ *


いつも座るおやつの椅子に来たれどもただ眺めおり食の細りて
転がしてももと遊びし鉛筆を手に取りながむ今宵ひとりで


評)
人間で言えば八十半ばという高齢にあたる十七歳の飼い猫を看取った連作である。ペットとは言え、家族の一員にあたる大切な存在であり、作者の痛切な思いが作品に込められている。一首目、「猫」等の言葉は省略されているが、連作の中で十分理解することが可能であり、むしろ言葉の省略によってリズムが整い完成度の高い作品となっている。二首目も言葉の整理によって、作者の今の思いが十分に伝わってくる作品となった。



鈴木 政明 *


真上から押さえるごとく注ぐ陽を浴びて刈りゆく狹間田の畦を


評)
初稿「猛暑日の夏ともなれば真上から押さえるごとく陽の降り注ぐ」の「真上から押さえるごとく」という捉えどころを生かし、作者の生活が生き生きと表現された魅力的な作品に仕上がった。最終稿の他の二首にも作者の生活の視点が良く表れており、好感が持てる。「描写や一字といえども言葉の大切さを痛感」できたことを、今後の作歌にも生かしていただきたい。



金子 武次郎 *


怒らない世代と見ていし若者ら憲法守れと遂に立ちたり



評)
現在の日本の世相を詠み、説得力がある。「怒らない世代と見ていし」に、長く大学の教壇に立ち若者と近く接して来られた作者の姿が良く表れている。「海行かばも知らずに戦いに憧れる戦後派総理の暴走怖る」と詠む作者にとって、希望の灯であろう。



時雨紫 *


気晴らしに今朝取り替えしカーテンの風に舞う音はハミングに聞こゆ



評)
生活の中の何気ない一場面を細やかな心で捉えて一首とすることができた。今月の作者の五首の中でも、推敲により最も前進が見られた作品である。「音」は「ね」と読むのだろう。結句を曖昧な表現でなく、「ハミングに聞こゆ」と的確に表して成功している。「靴底が秋を奏でる並木道を足取り軽く家路に向かう」も季節感が良く表れ、完成度が高い。



ハワイアロハ *


新鮮なミルクの大瓶買い求め父母への土産と上着にくるむ



評)
作者初稿のままであるが、今月五首の中でも初めから完成度が高く、作者の思いがスムーズに伝わってくる作品で好感が持てた。上句の的確な把握と結句「上着にくるむ」という具体的な表現が良い。「一日に五回のハグ(抱擁)を父母への宿題としてハワイへ帰りぬ」も温かなユーモアがあり、心に残った。“主語がない短歌の場合には「私」が主語となると思っていたのですが、状況によって判断すればいい”と作者が学ばれたことを、このホームページに掲載された先人等の作品からも改めて学んでいただければと思う。


佳作



夢 子 *


木の香る風呂に潜りて遊びくれし父思う異国のバスルームにて



評)
御父上との思い出を詠んだ連作の中で、この歌が最も強く印象に残った。「木の香る風呂」という具体的な表現が、その最大の要因であろう。最終稿提出後のコメントに出された中では、“桜咲く上北沢に「京王荘」父は建てたり四十路前なりき”が良い。最終稿にはなかったが「アメリカに旅たつ我を見送りて人らの陰から手を振りし父」も良い歌と思う。コメントに「推敲と言うものの面白さがだんだんわかるようになって来ました」とあり、今後も楽しみにしたい。



ハナキリン *


幼き日に遊びし見晴公園のもみじ葉の下異国語響く



評)
外国人観光客が増えている状況と作者の個人的な体験をうまく結びつけて、リズムの良い作品に仕上げることができた。初稿「幼き日に遊びし公園は観光の名所となりて異国語の響く」から、説明的な言葉を省いて完成度を高めることに成功した。「信号を待つ間をしゃがみて母親はベビーカーの子をあやしたり」にも、作者のやさしい眼差しを感じることができる。



くるまえび *


エビのことわが進ずれば「あっそう」と昭和天皇頷き給いき


評)
初稿“行幸でエビの説明進ずれば「あっそう」と頷く昭和天皇”から大きく構成は変えずに、簡潔でリズムの整った作品に仕上げることができた。作者にしか詠めない貴重な体験であり、それを作品として残せたことを作者とともに喜びたい。最終稿にはなかったが、「臆病なクルマエビたち昼間には砂上に目を出し潜りて夜を待つ」には車海老への作者の愛情が感じられ、良いと思った。「臆病なクルマエビたち砂の上に目のみ出しいて夜を待ちいき」という私の推敲も参考に、完成させていただきたい。



紅 葉 *


ランニングウォッチをつけて走る朝きょうのラップをメモリーに残す



評)
今月の最終稿では、ご自身を詠んだこの作品が一番完成度が高かった。詠まれた内容にふさわしく、一首全体に力強さが感じられる仕上がりとなった。家族を詠んだ他の二首も作者の思いが伝わってくる、味わいのある作品となっている。


寸言


 今月は作者の家族を詠んだ作品が目についた。身近な存在であるだけに思いの込もったものが多いが、その分言葉が多くなってしまうきらいがある。そこをどう整えていくかが課題だが、このホームページで学んでこられた皆さんは、多く説明しなくても推敲する力が身に付いてきていることが感じられ、嬉しく思った。

小田 利文(新アララギ会員)



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