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今月の秀歌と選評



 (2016年1月) < *印 新仮名遣い

小谷 稔(新アララギ選者)



秀作



笹山 央 *


冬の陽の温もりのなか木の枝を刻みゆきたり糸染めんとて


評)
草木染という草木を相手にする手仕事独特の情感がこもって歌の材料と人間味のほどよい融合がとてもよい作になっています。どの作もよろしいが「草木の精」というまとめた表現でなく草や木の名を出してください。「草木の精」のような抽象的な表現は使用が難しい。



金子 武次郎 *


もう充分生きたでしょうと耳元に囁く声す八十三歳


評)
足の衰えの作もよろしいがこの作の会話体をとり入れたほぐれた表現に特色を感じてこの作を選びました。この囁く声は他人や神が言うのではなくいわば自問自答でここに病をもつ人の内心の葛藤がうかがわれて哀感のこもった作になっています。



鈴木 政明 *


空爆に晒されし丘に樫の木は鳥の住処となりて繁れる



評)
扇風機、俺達の夏の作も技巧の達者な詠みぶりですがこの空爆された過去をもつ樫の木が本来の自然の命をとりもどしている平和な姿の作を選びました。その点は社会詠という側面があり社会詠と自然詠の渾然一体になっている点もよい特色です。



ハワイアロハ *


男とも女とも知れぬ美を醸す細き指にて靴選ぶ人



評)
上の鈴木さんの作は空爆という戦争の一つの事象なので社会詠と呼ばれますがこの靴を選ぶ人のような素材を詠むのは風俗詠と呼ばれます。どちらも社会の姿ですすが観点が異なります。下句の「細き指にて靴選ぶ人」という具体的な描写がよく特色を捉えています。



菫 *


自動車をうっすらおおうpm2.5拭き取り秋の一日始まる



評)
生活を詠んでいますが中国の汚染物質pm2.5が中心の作で現代のマイナスの社会事象なので生活詠の中に現代社会の不快なものが詠まれている例です。このように社会の事象も視点の当て方でさまざまな作になります。汚染物質に対する作者の批判は表には出ていませんがやむなく余分なことが強いられる不快感は感じとれます。


佳作



ハナキリン *


倒れては柱に寄りて立ち得たる一台見たり駅の駐輪場



評)
駐輪場の雑然とした様子もこのような観察によって一つの発見をしています。こうした注意深い観察力が歌の基本だと思います。



くるまえび *


孫達の集まり来たる感謝祭ターキー食べて健康祝う



評)
少子化の今日、こうした孫たちが賑やかに集まるのはそれだけでも明るい喜ばしいことです。感謝祭の型どおりのようですが独りの寂しさに耐えている老いも多い現代では幸せな場面です。



石川 順一 *


夕餉には鯖の煮付けを残したり葱味噌味噌汁などを食べ居り


評)
鯖の煮つけよりも葱味噌や味噌汁が好ましい。加齢によって脂肪や肉類は敬遠しがちになり、伝統的な味噌に味覚も安らぐといういい境地です。



紅 葉 *


月曜の朝は仕事を思い出す空を眺めてばかりもいられず



評)
定年後で特にしなければならぬものを持たない人のつぶやきで心ひかれます。現役の頃は月曜の朝は休日の翌朝なので緊張感があった。それが懐かしい。



夢 子 *


いちペイジいちペイジ繰りて読んで行く本こそ我の一生の友



評)
「いちペイジいちペイジ繰りて」という表現に本好きが如実に感じられます。電子本にない醍醐味です。



時雨紫 *


週末に幼と作るモデル線路ベッドの下を列車が通る



評)
幼はお孫さんであろう。そして男の子であろう。とくに下句の「ベッドの下を列車が通る」という把握がとてもよい。意外感とわらべ世界の楽しさ。


寸言





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