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今月の秀歌と選評



 (2017年1月) < *印 新仮名遣い

内田 弘(新アララギ会員)



秀作



金子 武次郎 *


開戦が無くば敗戦無かりしを12月8日の記事を探しぬ
宣戦のニュースに心怯えたる少国民未だ恥じいる


評)
戦後70年、忘れ去られる開戦の日、宣戦と伝えられたニュース、いずれも忘れてはいけないことなのだが、昨今の日本は限りなく戦前へ舵を取ろうとしている。自省を踏まえて詠んだ歌は貴重である。特に2首目は印象深く良い歌である。



ハワイアロハ *


認知症の父と動けぬ母を置きハワイへ帰るわけにはゆかぬ


評)
介護の現実に目を逸らさずに詠っている。下の句が特に切実で良い。逃げずに現実を見据えて冷静に詠っているのが優れている。



夢 子 *


卵かけ御飯かき込む我が傍でマクドナルド食む君が白き歯


評)
君と作者の食物の好みを端的に詠んでいて、何かほのぼのとした気分にさせる。「君が白き歯」は君に対する作者の愛おしさが出ていて新鮮だ。



時雨紫 *


母が造りし母の茶心込められし茶室の解体を姉がためらう


評)
母上が造った茶室だから姉上のためらいがある。そんな姉上の気持ちは作者も同じなのであろう。「茶の心」と云う所に母上への思いが込められている。



菫 *


トランプの当選叫ぶテレビ前に座り込みつつ夢なら覚めよ


評)
これだけ率直に詠めば、大いなる手柄と言うべきだろう。思いの丈をズバリと詠った所が優れている。マスコミ報道に左右されず「夢なら覚めよ」と詠ってところが潔い。



もみぢ *


石段に踏み跡窪み苔むせり高き半僧坊に読経の響く


評)
上の句が良く写生されているので、下の句が生きたともいえる歌だ。静かな雰囲気のある歌である。



太等美穂子


秋おそく子の手握ると冷たくて淡雪に急き手袋編みぬ


評)
子どもさんへの愛がこの歌を生かした。手の冷たさに、はっと気づいて手袋を編み始める心が素直で美しい。歌とはかくも心優しいものなのである。


佳作



かすみ *


脊髄を病みて静かに今日を生きいまこそ子規に歌を学ばん


評)
病気になっても正岡子規の心根に学んで、今こそ強く生きてゆこう、と言うのである。病に負けずに生きると言う決意が漲った歌である。



紅 葉 *


スカーフと薄手の手袋準備して初冬の朝を歩き始める


評)
穏やかな詠みぶりながら、無理のない滑らかな調べが感じられて良い。「スカーフと薄手の手袋」の具体が生きている。



省 吾 *


亡き父の笑顔の写真に涙する病の母に我が胸詰まる


評)
母上の姿に作者の心が昂ぶる心情は共感を呼ぶ詠いぶりである。作者の父母に対する気持ちが籠っていて良い歌だ。



鈴木 政明 *


ケイトウの花群れ咲きて紅の際立つを見れば奮い立ちたり


評)
感じの籠った歌で特に結句の「奮い立ちたり」への繋いでゆく言葉の斡旋に無理がない。巧い歌である。



原 英洋 *


積雪を踏みしむ音と川千鳥囀る音は冬を知らせる


評)
音に注目して冬の到来を感じる歌は新鮮な響きがある。雪を踏んでゆく音と川千鳥の囀る音を重ねているのは新鮮である。特徴のある歌である。


寸言


今月の歌は多様な題材から取材して気持ちを丁寧に詠みこむ歌が多く、優れた歌が多かった。歌は限りなく自分に引きつけて、自分の感じ方を基調にし、その上で言葉の工夫をする事が肝要である。
また、刻々と変わる現代にあって、自分の個性を発揮するのは至難の業と言うほかはない。
金子さんの自戒を込めた開戦の歌は胸を打った。短歌は自分に引きつけて端的に詠うという見本の様な歌で、この様な歌がこの欄にある事は貴重である。ともあれ、限りなく個性を大切にし、詠う事は歌を詠う者に課せられた命題でもある。

内田 弘(新アララギ会員)



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