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今月の秀歌と選評



 (2017年5月) < *印 新仮名遣い

小谷 稔(新アララギ選者)



秀作



金子 武次郎 *


吾の見ぬところで腰に湿布して介護しくるる妻も八十(やそ)越ゆ


評)
三首とも闘病、被介護の生活を冷静に深く見つめてよい境涯詠となっています。以前には歌には見えなかった奥様が介護の世話で詠まれるようになって場面がひろがりました。



ハワイアロハ *


熱引きて正気に戻りし母の目は我の眼に焦点むすぶ


評)
この度は母上の突然の異変で大変でしたね。でもこうして無事正常になって読者も安堵します。この作、「我の眼に焦点むすぶ」という描写が母娘の心が一つになった瞬間を格調高く詠まれています。



鈴木 英一 *


雨やみて日ざし待ちわび出でたれば吾と同じく虹仰ぐ人


評)
雨の止んだ解放感で外に出たところ自分と同じように人も虹を仰いでいた。こういう予想もしていなかった偶然が新鮮な感動になります。おもしろさが前もってわかっていたものは「予定感動」と言って斎藤茂吉が排しています。とても重要な言葉です。



太等 美穂子 *


澱粉を居間一面に広げまくいたずらおのこに怒る気もせず


評)
これも予定感動でなく偶然の異変です。小さい男の子の衝動的な遊びで天真爛漫の童心のあらわれです。後始末が大変ですがきれいな「詩」が一つ生まれました。



菫 *


なだらかな丘の斜面を埋めつくす紫の花みな空を向く


評)
フランスのプロバンス地方のラベンダー畑の丘という美しい風景。この美しさは映像などで見たことのある風景でいくらか先入観が働いていますが「丘の斜面を埋めつくす」や「紫の花みな空を向く」などの確かな描写が良い点です。



ハナキリン *


飛行機に点りし光は空高く夜景を眺めるまなこのごとく


評)
比喩の着想が斬新です。飛行機の灯は平凡な眺めですがその灯を「まなこ」に例えて夜景を眺めているという逆転した着想が新鮮です。



時雨紫 *


これからは日ごとに老いゆく君とわれ接点持たんと共に速歩す


評)
速歩ができるのでまだ元気なのはうれしいこと。次第に老いてゆくのに備えて気持ちも歩調を合わせる。こんな前向きな生活の心構えがうらやましいことです。



かすみ *


絵筆持ち君と語りし青春の一時思う木の芽時来て



評)
絵筆持ち君と語りし、という具体的な場面がよい効果をだしています。木の芽時というのも爽やかです。



紅 葉 *


昇格を夢見なかったわけじゃない異動の内示遂になかりき


評)
勤めをもつ者としては昇格はとても励みになる大事な節目です。かなり告白しにくい内容を率直に詠んで心をひかれました。希望をもって勤めてください。


佳作



仲本 宏子 *


大好きな卓球をして胃を痛めどこまで愚かなこの我なのか


評)
初稿の作は内容がぼんやりして作者の意図がつかめなかったのですが卓球という場面を出して一挙に悩みの核心にとどき、急速によくなりました。



原 英洋 *


眺めれば雲の帳に透く月の光ほのかに雲は流れる


評)
雲のとばりを透くほのかな月の光のなかを雲が流れる微妙な景を繊細な言葉で捉えています。「眺めれば」はあまり効果がないので例えば「春はやき」など季節を入れるとよいでしょう。



来 宮 *


ゆったりと朱に染まりゆく明けの空どこで見るらん病えし君


評)
「どこで見るらん」は「今どこで見ているだろうか」というので正しい表現です。「病えし君」は病得し君、という意味ですか。病みいる君は としたい。



夢 子 *


同年代の男は次第に居なくなりひしめくは皆若き男ら


評)
女性から見ての自分たちの年代の男性が次第にいなくなるという置き去りにされるような年代の不安感でしょうか。



鈴木 政明 *


パソコンの画面見づらし真横から朱く輝く夕日差し込む



評)
パソコンの作業中の夕日という新しい場面の設定がよかったと思います。「見づらし」がやや常識的でしょう。



コーラルピンク *


食卓に鎮座する石くれ捨てるまじ磨けばダイヤなりと娘いう


評)
変わった着想は個性的ですが内容がやや通俗的なようです。ダイヤの価値は人によって様々ですから。


寸言


 今回は丁寧な応対ができなくてお詫びいたします。しかし最終稿を見たところでは言葉のわずかな変化が徐々に見えて心強く感じました。短歌というのは非常に短い定型詩なので、助詞ひとつでも大きく表現効果が異なります。何を詠むか、どのように詠むか、さらに勉強してください。

小谷 稔 ( 新アララギ選者)


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