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今月の秀歌と選評



 (2017年9月) < *印 新仮名遣い

内田 弘(HP運営委員)



秀作



かすみ *


蝉時雨を遠くに聞きて茶をたてし午後に南の風は吹き過ぐ



評)
何気ない日常の出来事を巧く纏めている。初句、二句の穏やかな詠いぶりが良い。「南の風は吹き過ぐ」も大人しい表現ながら完成度は高い。



コーラルピンク *


国逃れる機上の母より産まれし女(ひと)旅券の生まれは空中(イン・ジ・エアーと)あり


評)
特殊な事柄を冷静に詠い切っている。こんなことも有るのかと思わせるが、現実は冷徹で事務的である。そこに作者の人間として「命」というものを思っているのである。



金子 武次郎 *


戦中の隣組知る我らには共謀罪は寒気をおぼゆ



評)
騒がしい世の中になってしまった。一般の我々にひしいひしと国家権力の暴挙が広がって来る。日常の隣近所が今狙われているのだ。結句が実感があって良い。 



御宮野 はたけ


冷房の風の吹き来る吾が部屋の窓から伝ふ蜩の声



評)
冷房の効いた部屋にいると窓から蜩の声が伝わって来ると言う静寂を詠んで纏まりのある歌である。どこか清新な味わいのある良い歌だ。



ハナキリン


六月のひかり溜めゆく石だたみ足裏温く一歩踏み出す



評)
「六月のひかり」を溜めている石畳、という写生が優れている。そこを歩いて行くと足の裏が温かく思わず一歩を踏み出してしまった、という情景が生き生きとしている。



仲本 宏子 *


マンションの公園の遊具に子らも居ず蝉のみの鳴くこの静寂よ



評)
高度成長期に乱立したマンション群も高齢社会のマンションとは様変わりした。どこか寂しく遊具にも子ども達はいない。そして蝉の声だけがする、といういまを写している。



原 英洋


筆跡の払いのような筋雲が晴間に向かって解けて消え入る



評)
独特な見方が成功した。「筆跡の払い」というところに目を付けたのは手柄だ。筋雲が晴間に消え去って行く様子を印象深く個性的に詠んで成功した。


佳作



ハワイアロハ *


黒板の問題す早く解き終えて生徒は駆けだす輝くプールへ


評)
生き生きとした動きのある歌である。生徒たちの躍動が伝わって来る。「輝くプールに」の表現が良い。いかにも子ども達の姿が目に浮かぶようだ。



時雨紫 *


形見分けと友の残しし飛び青磁茶を点てることに想いの泡立つ


評)
結句の「泡立つ」に作者の思いを重ねて効果的である。 友の形見の「青磁」の茶碗に静かに茶を点てて、しみじみと友との交わりに思いを馳せているのである。



太等 美穂子


直売のトマトを選ぶ若き母お代は子どもが握りし硬貨


評)
一気に詠って良い歌になった。若い母とその子の立ち位置が思われてほのぼのとする歌である。「お代は子どもが握りし硬貨」の具体が効いている。



夢 子 *


君と二人心添いつつ酒を飲む日々も有りたり遥か彼方に


評)
もう君とは酒を飲むことも儘ならなくなってしまったのであろう。「二人心添いつつ」が思い出すほどに懐かしく思われてしょうがないと言う歌でリアリティーがあって良い。



鈴木 英一 *


近づきし電車の中をのぞき込み空席なきかをいつも探せり



評)
通勤者の習いとして空席がないか覗きこむのであろう。ラッシュアワーに悩まされながら、現代のサラ―リーマンは日日を励んでいるのである。そんな息遣いが解かる。



まなみ


ヤマモモを口に含めば甦る木の上に食みしかの甘酸き味


評)
回想の歌であるが、現在ヤマモモを口に含んでの回想で説得力がある。「かの甘酸き味」に作者のヤマモモに対する気持ちが表れていて良い歌になった。



袖の香 *


病み臥しし君の涙に胸つまる同じ時代を一途に生きて


評)
この感想も良く解かる。同世代を生きて来たがゆえに何も言わなくとも解かる所が多いのである。そんな君が病んで臥せている。その君と我に涙ぐましさを感ずるのである。


寸言


 今月も良い歌が多かった。秀作と佳作の作品には、そんなに差があるのではない。皆、秀作でも良かったが、佳作よりは秀作の方が一首の纏まりが良い作品が多かったのも事実である。
 歌は個性的な見方を大切にするが、一首としての調べとリズムには、纏まりを要求される。その意味で、このホームページは推敲の機会を持ち、推敲を重ねることで纏まりを持つ事が出来る様にアドバイスしている。貴重な欄と言えるだろう。
 更に、独自性を追求しつつ歌の持つリズムを大切にして、調べを整えて行くように願っている。

内田 弘(新アララギ会員)


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