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今月の秀歌と選評



 (2018年6月) < *印 新仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)



秀作



コーラルピンク *


わが肺にいつよりか棲む薄き影は徐々にひろがり憂いとなりぬ
サロンの床に黒く山なすわが髪は過ぎし日とともに掃き捨てられつ


評)
二首共に人生の節目のようなものが感じられ厳粛な気持ちになる。一首目は重い内容を穏やかに詠んで成功した。あとの歌は自らを変えようとする覚悟と意志が伝わり力のある歌である。



ハワイアロハ *


訴える母の気持ちに添いくるる看護師の名を心に刻む
「手を振るよ、ここから見てて」と窓際に母を座らせ病室を出る



評)
ハワイから時々帰国してご両親の介護をしている作者。一首目の思いは切実であろう。二首目、母と娘の別れ際の光景がありありと捉えられていて胸を打たれる。言葉の選び、一首の流れが自然でいい。



中野 美和彦


かつてともに署名を求め立ちし我の偽善者なりしを子は知る今は
大海に傾(なだ)るる雄島の岩群(いわむら)に咲く浜払子(はまぼっす)日をうけて白し


評)
一首目、かつての自分の姿を成長した子供は今どのように見ているかを慮る、複雑な内容を持つ歌である。具体的な事柄で表現していることがいい。二首目は大きな海の景に浜仏子を捉えて奥行きのある叙景歌。本誌は本名に?



かすみ *


春の夜の農道歩みゆくときに朧に浮かぶ月の妖しさ
農道にしゃがみてしばし目を閉じる蛙(かわず)の声に夜は包まれて


評)
春の夜を独り歩く作者。自然のなかにいつか溶け込んでいくありさまが抒情的に詠われている。説明的な表現を省いて、よい歌に仕上がった。



くるまえび *


新しき夢を抱いて元年者ハワイに着きしは1868年
ハワイの地に元年者は汗流しつつ日系社会を築き上げたり


評)
ハワイに初めての移民として人々が渡った1868年は明治元年に当たる。それから150年目を迎えた今年、改めて元年者を称える記念すべき歌である。153人を乗せてホノルルに着いたというサイトオ号の歌も併せて。



原 英洋 *


不揃いな桂剥きなれど大根の瑞々しさに触れる確かさ
マイボトルに作っておいた水出しの緑茶の甘みを寝起きに味わう



評)
瑞々しい大根に直に触れる喜びが詠われていて新鮮な歌である。結句の「確かさ」がいい。二首目、美味しそう! さらりと作って成功した歌。



山水 文絵 *


出産も計画通りに運ばぬと長女は既に子育て知り初む
泣き声もゲップもウンチの色さえも賞賛の的君は初孫



評)
身籠った娘の変化、成長を愛情をこめて捉えている。そして初孫の誕生。その仕草も生理現象さえも喜びの対象になる。言葉の捉え方が自然で、幸せ一杯のいい歌になった。



夢 子 *


お前も馘クビだクビだ逆らえば馘だアメリカに現れし専制君主
あと三年トランプ氏の行く末を拝見するまで死ねぬと思う



評)
作者の思いをぶつけたその勢いで成功した歌。二首ともに字余りや字足らずが目立つが、内容の力によって読者は納得させられる。個性的な歌である。


佳作



鈴木 英一 *


芽吹き前の木立の落ち葉の間より点々とスミレ懸命に咲く
何という小さき花かマメザクラ日本固有種絶えることなかれ



評)
まだ寒い野の片隅にいち早く芽を出すスミレ。結句にはその生命力を愛でる作者のエールが感じられる。あとの歌も樹は大きくなっても花の小さいマメザクラ。小さい花にこころを寄せるやさしさが詠われた二首。



菫 *


太極拳に目をやり嫗の商うはパパイヤ、バナナ、ハワイの野菜
アボカドは今日食べごろと売り込める嫗生まれはラオスといへり


評)
場所はハワイの有名なリゾート地ハワイカイだという。そこで逞しく商うラオス生まれの嫗の姿を温かく見つめて詠んだ二首。具体的な表現が生きている。



時雨紫 *


泣きわめく孫をなだめる策を練る扁桃腺の手術の後に
皿洗いを漢字パズルに夫と賭け「五月蝿」を先に読みて寛ぐ


評)
ご家族との有り様がいきいきと伝わる。祖母として孫を案じる一首目。一方ご主人と賭けをして皿洗いを免れた二首目。「うるさい」が先に読めて良かった! ユーモアが楽しい。



つはぶき


姪の子ら夫のマジックに興味もち少年ときには身を乗り出せり
茄子苗を植ゑむと畑打つわが内に養女にと願ふすみちゃんの居り


評)
人間関係の複雑な内容を詠んでいて気持が伝わる。姪御の子どもたちと仲良くしている作者夫婦。農作業をしながら密かに願う作者の思いが叶いますように! 味わいのある歌。



すみれ


われ未だあの味はひを出せぬまま祖母の紫蘇巻き真似してつくる
捨てようと想ひてもまた仕舞ひたり母の履きゐし一足の靴


評)
お祖母さんの味を慕って料理をし、お母さんの履かれた靴をしまい置く。亡くなった肉親への思いが伝わる。人間の原点にある情感が詠まれた二首。



まなみ *


強風に上下にゆれるヤシの葉の上で六羽のマイナも揺れる
山陰で早も日暮れし我が家から夕日を浴びて沖行く舟見ゆ



評)
スズメよりは大きいというマイナーバードが六羽もヤシの葉と一緒にゆれている様子をいきいきと捉えている。あとの歌も日暮れた我が家から日差しのある沖へと視線に広がりのあるのがいい。



めいきょん *


在る時間を自由に使えるわが暮し寂しくもあり幸せでもある
ふるさとの文化は今に引き継がれハワイの空に鯉のぼり泳ぐ


評)
一人暮らしの作者だろうか、自身の日常を客観的に見た、落ち着いた詠み振りに好感が持てる。ハワイの青く美しい空に泳ぐ鯉のぼりが目に見えるようだ。



紅 葉 *


少しだけ偉くなるのを期待していたらし急にカゼをひきたり


評)
昇進の話があり、急に風邪を引いたところをみるとやはり少し期待していたようだ、という自分を揶揄するような苦味のある読み振りが面白い。他の二首は作り方が雑で些か共感できない。初稿にあった「吊革につかまるまでが一苦労増々人が増える東京」の方がよかった。


寸言


 光溢れる五月。野山に街に美しい花々が咲きみちています。そのような華やぎの陰に、五月病ということばがちらほらする季節でもありますね。四月、希望を持って新しい職場へ生活へと出発した人々に、些かの疲れやこころの翳りが生まれる季節でもあるようです。
 そんな中で私たちは何を詠うか。光に添う翳を見落とすことなく、自身の心と正直に向き合って歌を詠みましょう。
 今月最終稿に提出された皆さんの作品はそれぞれに魅力のあるものでした。このサイトで学び、成長してくださる姿はスタッフ一同の喜びです。そして気持ちが定まったとき「新アララギ」本誌に入会してください。既に入会を済ませ、併せて学んでいる方も何人かおられます。後に続く方々を期待しています。

大窪 和子(新アララギ編集委員)


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