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今月の秀歌と選評



 (2019年2月) < *印 新仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)



秀作



紅 葉 *


木枯らしのクリスマスイブ生き延びた父の姿を確かめに行く
瞬きは分かったけれど折り曲げた膝を揺らすはさすれの合図か


評)
感情を抑えて詠っているところがいい。病む父と、気遣う息子の間に通う心が率直に表現されている。味わいがあり作者の個性を感じる。



山水 文絵 *


効果無く抗がん治療止めたりと語る同期の頭皮すがしき
ゴール見据え既にスタートせし君よゴールの見えぬ我らを残して


評)
癌に侵され、恐らく余命も告げられているだろう同年の友人を詠む。限られた時間を明るく懸命に生きようとする姿に、自分たちこそ取り残されているようだと詠う作者の、やさしさ、寂しさが伝わる。



夢 子 *


六十年ハワイに住めば家古りて後ろの山からネズミ訪い来る
ネズミ取りの板ごと逃げし大ネズミ何処に潜むか心にかかる


評)
長く住み古りた家に山から招かれざる客がやってくる。なんとか駆除しようとするが逃げられてしまう。鼠捕りにかかったまま逃げた大ネズミを気にかける作者がいい。



鈴木 英一 *


三十年ぶりにグランドキャニオン訪いて億年の時間層なすを見る
片側は焦げしままなる樹林帯反対側は焼け跡なき道


評)
一首目、グランドキャニオンの大きな景を描いて、下の句に魅力がある。二首目は森林火災の後の光景だろう。火が止まった境目を捉えていて興味を引かれる。オレゴンという地名が消えたのは少し残念。



時雨紫 *


母の背のお太鼓姿に漂いし艶やかさ今わが背に試す
茶を点てるときの口角やや上がり茶室の母は別人なりき



評)
母上の和服姿を思い起こす視点が独特で、その様子がありありと立ち上がってくる。茶室で姿も目の付けどころがよく、魅力のある連作である。



文 雄 *


目よりやや老いの遅れし耳に聞く誤嚥が癌より怖いということ
舌老いて味なき1千キロカロリーを腹に収めて生きているなり



評)
老いてゆく自分自身をしっかり見つめ、その日常を冷静に詠っていて心に届く。見習いたいスタンスである。


佳作



菫 *


雨上がりカイムキの町の路地裏にフィッシュソースの匂い漂う
夕暮れの町に空き缶選り分ける男のそばに寝袋一つ


評)
下の句の匂いで飲食店の並ぶ路地裏の雰囲気が一気に伝わる。二首目は夕暮れの町の一こまを坦々と描いて重みがある。



中野 美和彦


母逝きて二度目の冬の黄の薔薇は変らず咲きぬ雪積む庭に
深深と降る雪に思ふ亡き妻と貧しき菜を分け合ひし頃


評)
二首とも、哀しみの中に美しさが感じられるが、思い出の歌はどうしても訴える力が弱くなる。そこをどう詠うか、万人の課題でもある。



まなみ *


朝霧が裾野に残れる山眺め畔道辿りてパン買いに行く
船頭の掛け声の度頭を下げ石橋くぐる柳川くだり


評)
一首目、山里の朝の光景が新鮮。結句がいい。二首目は川幅が狭く、水深も浅い柳川下り。船頭の掛け声と作者の動きがありありと目にうかぶ。



はずき *


福袋にハワイの元旦大賑わい続く人気は16年目
「フクブクロ」と正しく言えぬ外国人秘密の中身に興味しんしん


評)
ハワイに福袋の風習が根付きつつあるのは楽しい。外国の人たちがうまく発音できないというのも諾べなるかな。面白いところを捉えている。



ハワイアロハ *


空色のシェア自転車の駐輪場そぼ降る雨に明るみており
空を仰ぎ今日も雨かと呟ける観光客らとバス停に立つ


評)
空青く海青しという風景がハワイだと思い込みがちだが、そうとも言えない現実を詠っている。落ち着いた歌だが、いつもの作者の作に比べて少し平凡に感じる。



つはぶき


全豪オープンの観戦にあまた映りゐる日本人の顔活気あふれて
コメントも併せ輝くなおみちゃん逞しきプレーに力貰ひぬ


評)
大坂選手の活躍を喜ぶ日本人観客の様子を捉えてほほえましい歌。テレビ観戦の歌は難しいが、活気は伝わってくる。


寸言
 

 もう二か月余りで平成という時代が終わろうとしている。元号に特別の思い入れはないけれど、この一つの節目にこの国がどのように動くのか、どのような景色が見えるのか興味深い。自分が何を思うかということも含めて、そのときを迎えたい。このホ−ムページにもそれはどのように反映されるだろうか。短歌という詩型に載せて何かを掬いとろうではないか。

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