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今月の秀歌と選評



 (2019年3月) < *印 新仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)



秀作



時雨紫 *


いかにすれば蕾開かん真夜中に湯につけ幾度も息吹きかける
軸に映る椿の葉影は仮名の書の墨の色よりほのかに淡し


評)
「書と花のコラボレーション」を詠んだ連作中の二首。鑑賞に止まらず、自ら制作に関わった体験が活き活きと描かれており、読み応えがある。一首目の「動」と二首目の「静」の対比も読んで楽しい。



ハワイアロハ *


母親を頻りに思い出す日あり苦しむ最期の姿ばかりを
還暦を過ぎればいつでも死ねるとの思いは揺らぐ二歳の瞳に


評)
一首目は愛する肉親を失って間もない人の心情が良く表れており、同じような境遇の読者の共感も大きいだろう。「日が経てば思い出はきっと遡る生き生き働く母なりし頃」(改稿2)という日が作者に訪れることを祈りたい。二首目、「二歳の瞳に」に工夫が感じられて良い。



菫 *


故郷の母の病を知りし今朝は沈みて聞ゆ海鳩のこえも
芝を刈る翁の後を白鷺らは土突つきながら一列に行く


評)
一首目、初稿から推敲を重ねて言葉を整理し、沈んだ心の良く伝わる一首となった。二首目、作者によると翁は「芝刈りをしながら餌を撒いている」とのこと。グリム童話を想起させてくれるようで楽しい。



中野 美和彦


歩みゆく畔の日向に群がりて咲く爪草の白し小さし
爪草の群れ咲くあたり妻の愛でしオオイヌノフグリ未だ開かず


評)
二首共に畦の小さな花への作者の眼差しが感じられ、清々しい思いにさせてくれる作品である。



つはぶき


万作のあふるる如く咲く花に薯の植ゑどきなりしを思ふ



評)
身の回りの草木の観察から、作者の生活への思いが実に自然に描かれており、好感を覚える作品となっている。



はずき *


ライオンのアクロバットのその妙技演ずる二人の息良く合いて



評)
最終稿の他の二首とも合わせて読むと、ワイキキで旧正月を祝う雰囲気が伝わり面白い。三首のなかでは、作品から伝わる臨場感が最も強いものとなっている。


佳作



紅 葉 *


枕飯を前に夕べの目の冴えて眠れなかったことなど思う


評)
最終稿三首共に、亡くなられた父君への思いが込められているが、その中でもこの作品は一首の言葉の流れがスムーズで、その思いは読者もしみじみと感じることができる。



山水 文絵 *


印西(いんざい)市へ移り住みたる母の言う「人少なくて空広い街」


評)
結句の母君の言葉の引用が効果的。最終稿にはなかったが、「青鷺の飛び立つ先を見上ぐれば白き機影の光りて過ぎぬ」(改稿3)は、作者ご自身で苦心して取り組まれた推敲のあとを見ることができ、嬉しく感じた。



文 雄


字を知らぬ妻にてあれど生き生きと共働きを続けてきたり


評)
妻君を詠まれた連作中三首目の歌。「字を知らぬ」にも作者の愛情があり、下句には感謝の思いが表れている。この一首のみでも味わうことができる、独立性を持った作品となっている。



夢 子 *


王朝の面影残す図書館は古きハワイに我をいざなう


評)
ホノルルにある図書館を対象として、意欲的に取り組んだ連作中の作品。最終稿一首目の「図書館へまだ見ぬ本と会いに行くつい運転の速くなる道」と共に、この図書館への作者の愛着が良く感じられる一首となっている。



鈴木 英一 *


新宿の高層ホテルの窓に眺むグーグル3Dマップのごとしと


評)
最終稿三首共に作者の日常の一コマが伝わってくる歌だが、その中でもこの作品は下句の把握が斬新で魅力ある一首となった。


寸言
 

 この稿が更新される頃には、新しい元号も明らかになってい
ることだろう。楽しみというよりも、「平成」同様多くの人が
親しみをもって用いることのできるものであってほしいと祈る
ような気持ちで、今はその時を待っている。
 計らずも平成最後の稿となったが、それぞれの歌に作者が生
きている時代が反映されており、読み応えのある内容となって
いる。新たな元号となっても、その時代を生きる作者の生身の
声が聞こえてくるような作品を期待したい。

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