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今月の秀歌と選評



 (2019年7月) < *印 新仮名遣い

内田 弘(新アララギ会員)



秀作



山水 文絵 *


掛川城見送り茶畑広がれば茶の香り満つ金谷懐かし



評)
懐かしい思い出を巧く纏めた。掛川城を見送り茶畑が広がる、と纏めたところも良い。その茶畑から香りが満ちて来る、視覚から臭覚に無理なく移行するのが、なかなか良い。最後の「金谷懐かし」も引き締まった表現だ。



大村 繁樹 *


弟の骨を撒かむか帰り来ては泳ぎてゐたる雄島の海に



評)
切ない事実を冷静に詠った。散骨の現実と弟と泳いだ雄島の思い出とを現実に見ている場面が、巧みにオーバーラップしていて、嘆きを一層増幅している。



時雨紫 *


片付けの好機と思えば気の鎮まる空き巣狙いに荒らされし部屋


評)
事件の現実だけが、クローズアップされがちな事柄を巧く歌に纏めたのは手柄である。「片付けの好機」と捉えたところも個性的で良い。体言止めも、この歌の場合良く効いている。



ハワイアロハ *


磨かるる歯への圧力受け止めてハンカチ持つ手に力の籠る


評)
誰しもが経験している歯医者での出来事。上の句の「歯への圧力」は面白い表現だ。下の句には絶妙な臨場感があり、生き生きとした句になっている。



夢 子 *


トランプの強がり見れば憂鬱で今壊れ行くアメリカに住む
戦場となりゆく怖さ日々耐えるアメリカ社会に銃規制なし


評)
トランプ大統領の独断・分断は目に余るものがあるが、作者は他人事ではなく、アメリカに住む憂鬱を詠っている。無理なく自分の気持ちを一首に盛り込んでいる。二首目も銃社会の不安を端的に「戦場となりゆく怖さ」と捉えたところが良い。切実な現実を詠って特徴のある歌となった。




ジェニー湖の名は白人に嫁ぎたる幸薄かりしインディアンの名


評)
人種に対する差別は現在も厳然として存在する。しかし、元を正せば、アメリカとても先住民はインディアンであり、そこに嫁いだジェ二―さんの名前が今も湖の名に残っている。日本とても同じで、アイヌ民族を旧土人と言い蔑視した時代が続いた。何気なく詠っているが深い歌だ。


佳作



鈴木 英一 *


平成の観音堂にて長身の百済観音伸びやかに立てり


評)
「長身の」「伸びやかに」が観音像を端的に表現していてこころ惹かれる。初句の「平成の」と、取りたてて言うのも平成への思いの強さがあるのだろう。一応成功していると言える。



はずき *


朝早く白き飛行機見えるのは配置替えしたベッドの窓から


評)
何でもないように見えて、深い意味が隠されているものを暗示するような歌である。ベッドの「配置替え」に深い意味があるのかもしれない。歌としての言葉足らずは否めないが・・。



まなみ *


三角のスリムな白き帆を立てて風に向かいてゴールを目指す


評)
説明を脱し、爽やかに白い帆のヨットがゴールを目指すのである。「三角のスリムな」帆の表現にも個性が表れていて良い。「風に向か」ってゆくヨットが目に見えるようだ。



文 雄 *


九十二にもなったのだからいつ逝きてもいいじゃないかと言う声がする


評)
淡々と詠っていて深い意味が込められている。語り口調をそのまま歌に持ち込んだのが成功していると言える。「言う声がする」と突き放して表現しているが、陰口を聞かねばならない場面が想像されて、身が竦む思いがする。



紅 葉 *


六月も六日を過ぎれば逃げ場なく雨の降り来てわれも梅雨入り


評)
梅雨入りの季節を詠って「逃げ場なく」「われも梅雨入り」だと開き直って詠っているのが面白い効果を挙げている。季節をこんな風に捉えて詠うのは例がないのではないだろうか。


寸言
 

 今月は、なかなか個性的な作品が集まったように思う。残念ながらまだ、表現が熟していない歌があって、佳作どまりになった歌もある。
 失敗を恐れずに思い切り思いの丈を歌ってほしい。いま生きている現実を真正面から捉えると、さまざまな矛盾、理不尽がまかり通っているようにも思われる。
 私は、この現実を自分の気持ちに素直に詠いたいと思う。
結果がなかなか、巧く表現出来ない場合でもチャレンジしてゆきたいと思い、時事的な事柄に目を逸らさないようにこころ掛けている。
  皆さんはどう現実と対峙して詠われていますか。一度考えてみるのも良いと思います。夢子さん、菫さんの歌は参考になると思います。


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